新しい朝





第ニ話
〜成瀬side〜






卒業式の前日、ベッドに腰かけ、クリーニングから戻ってきたばかりの、まだビニールのかぶさった制服を眺めていた。
この制服に袖を通したその日に片岡に出会った。
入学式の壇上で自分のクラスの担任だと紹介された時、まさかこんな関係になるなんて思ってもみなかった。
ただ、大学出たての新卒で、背が高くてかっこよくて、頑固なオジンの担任よりもマシかもしんない、漠然とそう思っただけだった。

金持ち学校の中で、学費免除組のおれは浮いた存在だったかもしれないけれど、問題は起こさない、成績も落とさない、真面目な生徒だったと思う。
そんなおれに、片岡は何かと目をかけてくれた。
バイトの件も黙ってくれていたし、みんなが憧れる片岡と平然と話せるのは、おれと二ノ宮くらいだった。
二ノ宮が片岡の従兄弟だというのは、ずっと知らなかったんだけど。





告白された時は驚いた。
まさか自分がオトコから告白されるなんて考えたこともなかった。
ましてやそれが片岡だなんて。
おれはオトコと付き合う気なんて全くなかったし、片岡に嫌われるように仕向けようとしたのだが、見事に失敗し、しかもどんどん片岡というオトコに惹かれていった。
今では、おれの方が好きの割合が大きいのではと思うくらいに・・・・・・




片岡と付き合うようになって、学校外で思い出が増えた。
そして、いまでは、その思い出のほうが濃いものなのかもしれない。
卒業したって関係ない、何も恐れることはないのだけれど、感傷的になっている自分がいた。
教師と生徒という、ひとつの関係が終わってしまう。
おれたちを繋いでいたものがひとつなくなってしまう。
やるせない気持ちがおれを支配する。
何が不安なんだろう?何が恐いんだろう?
漠然とした、意味の解らない不安に、胸がざわざわした。








ぴろぴろぴろ・・・ぴろぴろぴろ・・・








無機質な着信音が狭い部屋に響きわたり、ベッド上に放り投げていたケータイを手に取ると、ディスプレイには片岡の名前。
震える指で通話ボタンを押す。





「―――はい・・・」



『おれ・・・』



「うん・・・」



声を聞いただけで、熱い想いがこみ上げてくる。
ケータイをギュッと握りしめ、耳に押し当てた。
少しでも近くに感じるように・・・・・・



『明日卒業式だな』



「うん・・・」



もっと話したいことはあるのに、胸がつまって返事しかできない。



『卒業式の後・・・会える?大事な話があるんだ・・・』



ドキンとした。
大事な話って・・・



「うん・・・」



『じゃあ、マンションに来てくれ。おれは何時になるかわかんないから、おまえも友人とたっぷり別れを惜しんでからでいいからな。じゃあ』





うんしか言わないおれに話しても仕方ないと思ったのか、用件だけ済ませると片岡はさっさと電話を切った。
大事な話ってなんだろう・・・
どくんどくんと心臓が跳ね、いいようのない不安が襲ってくる。
とうとう愛想をつかされたんだろうか・・・?
それを否定する事実もない。
逆に、思い当たる理由は、石鹸の泡のようにぶくぶくとわいてくる。
最後に会った時も、片岡のあきらめは早かった。
そして、今度いつ会えるという片岡に、おれは理不尽な答えしかできなかった。
今の電話だってそうだ。
「久しぶり」「会いたい」そんな台詞さえ言えない恋人なんて、もういらないって思われたって仕方ない・・・



自分でもわかっている。ほんとうにかわいくないヤツだと。
わかっているのに、直せないからたちが悪い。
きっと永遠におれはおれのままなのかもしれない。
片岡もそれに気づいたんだろうか。
ちょうど折りよく卒業式。
向こうも切りやすいってもんだ。
高校生活、最後の年に、いい思い出だったなんて、笑って話せるときがくるかもしれないな。
そうそうオトコと付き合うなんてできる経験じゃないんだからな・・・



ベッドから立ち上がり、明日の準備をする。
クリーニングのビニールをとり、鴨居にハンガーをかける。
いつもは家で洗ってアイロンをかけるカッターシャツも、卒業式くらいはとクリーニングに出しておいた。
履きなれた革靴も磨いたし、財布と定期は制服のポケットに突っ込んだ。
生徒手帳も内ポケットに入れた。
康介が用意してくれたハンカチも持った。
そして最後に、おれは机の上に、クリスマスに貰った腕時計と、誕生日に貰った合鍵を並べて置いた。
それらを見つめていると、自然と涙が滲んできた。
らしくない自分がおかしくて、笑い飛ばしたいのにできなくて、おれは布団にもぐりこんだ。










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