新しい朝





第三話
〜成瀬side〜






卒業式の朝は、凍りつきそうに寒い朝だった。
家の前に置いてある防火用のバケツの水もカチンコチンに凍っていた。

「亮兄ちゃん、今日は卒業のお祝いだからね」
出かけに康介に声をかけられ、おれは了解の笑顔を向けた。





*****





「オッス!」
駅で電車を待っていると、毎日繰り返されてきたように、二ノ宮がおれの背中を叩いた。
「やっと高校生活も終わりだな。少しは自由になれるのかな〜」
二ノ宮は、明倫館大学への進学が決まっていて、只今教習所へ通っている。
バイトもしているらしく、自由登校の期間をのんびり楽しんでいた。

「おまえと一緒に登校するのもこれが最後だな・・・」
「なんだ?成瀬らしくない。やけに感傷的じゃないか!」
はははと笑いながら、不思議そうにおれを見る二ノ宮に、「そうか?」とだけ答えた。
二ノ宮の教習所の話を聞きながら、通いなれた道を学校へと向かう。
「峻とはどうなの?相変わらずのイチャイチャか?あいつ、ああ見えても淋しがりだからうるさいだろ?」



淋しがりや・・・・・・?



うるさくいわれたことなんてなかった。いつもおれのことを優先して考えてくれた。
それとも、おれと会わなくても、そんなに淋しくなかった・・・?
二ノ宮に適当に相槌を打ちながら、おれは片岡のことばかり考えていた。





*****





担任に誘導されて講堂に入場すると、おれたちのクラスはいちばん端に整列させられた。
教職員の隣りである。
おれはすぐに片岡を見つけた。
光沢がかったグレーのスーツを見にまとった長身のスタイルは、服に着られたようなほかの先生とは比べようのないくらい目立っていた。
そして、胸元には・・・
おれがクリスマスにプレゼントしたあのネクタイをきりっと結んでいた。




おれはもう十分だった。
おれの卒業式に、おれの選んだネクタイを結んでくれた、その事実だけでもう十分だった。

おれは、片岡に貰った、おれの左手首を飾っている腕時計にそっとふれた。
冷たいはずなのに、片岡の腕の中のようなぬくもりを感じた。

校長や来賓の、ありがたくもなんともない長い話を聞きながら、おれはずっと視線を感じていた。
それでも、どうしてもそちらを向くことができなかった。
ぐっと時計を握りしめて、式が終わるのをただひたすら待ち続けた。

この学校では、ひとりひとりに卒業証書を手渡さない。
クラスの代表者が壇上で受け取ることになっている。
私立だけあって来賓の祝辞が多いからか、肝心の卒業生のイベントが割愛されていた。

滞りなく式は終了し、拍手とともに講堂を後にし、教室に誘導された。



「峻、おまえのことずっと見てたろ」
隣りに座っていた二ノ宮が教室に入るや否やおれの席までやってきた。
「そうだっけ?気づいてなかった」
笑って答えたおれに、二ノ宮は溜息を漏らす。
「―――何かあった?峻と・・・」
探るように見る二ノ宮に悟られまいと、おれは背中をバンっと叩いた。
「何で?何もないって!つうか、あいつかっこよくなかった?この後、生徒に囲まれるんじゃないの?オバサマ軍団にも囲まれたりして!」
「ならいいけどさ〜」
担任が入ってきたので、二ノ宮は席へと戻っていった。





*****





さほど別れを惜しむ友人もいないおれは卒業証書の入った筒を片手にすでに誰もいなくなった教室の廊下の窓から中庭を見下ろしていた。
中庭では、卒業生に在校生、教師も加わってのお別れ撮影会が繰り広げられていた。
クラブ活動をしていたヤツらは花束を両手いっぱいにかかえている。

そして、そんな中片岡は、ベタベタする生徒がウザいからと最近見せなかった笑顔を、今日だけは微かに見せながら、写真におさまっていた。
おれはその光景を、まるで他人事のように眺めていた。



「いたいた、探したぞ?」
おれに声をかけてくるのは二ノ宮しかいない。
こいつはなかなか顔が広いから、他のクラスの奴らとも別れを惜しんでいたのだろう。
それでも最後にはおれを探してくれる、いちばんの親友だ。

「お〜峻モテモテじゃないか!放っておいていいのか?それともおれのものっていう余裕か?」
にやにやからかう二ノ宮に「まあそんなとこかな」って言葉を返す。
まだ、別れたわけじゃないから。
これからそういう話があったとしても、今はまだ片岡はおれの恋人だから。
二ノ宮には言えなかった。

「おれが免許とったらさ〜峻も連れてどっか出かけようぜ。もちろんおまえが大学受かってからな」
おれは返事をしなかった。
けれど、肯定の意味だと受け取ったのだろう、どこへ行こうかと頭を悩ませる二ノ宮に、おれはごめんと心の中で謝った。

「帰ろうか」
おれは、窓を閉めた。
「あれ?峻と帰らねえの?」
「マンションで待ち合わせ」
おれが歩き出すと二ノ宮が肩を並べる。
「成瀬と峻ってなんかうらやましいよな〜」
「なんで?」
「なんか愛し合っちゃってるって感じじゃん?一緒にいるとこ見たことないのにそう感じさせるのってすごくない?たぶんふたりからすっげえパワーでてるんだぜ?でも気づいてるのおれだけだけどな」
そうか・・・そんな風に見えるんだな・・・・・・
おれはうれしかった。
おれと片岡をそんな風に感じてくれていて、とてもうれしかった。

それから、おれたちは多くを語らず、いつもの場所でいつものように別れた。
一つだけ約束した。
おれの受験が終わったら、連絡をすること。

おれは、片岡のマンションへと向かった。
昼になっても温度が上がらす、冷たい風がおれの頬をひりりと刺す。
いつもは会えるのがうれしくて、うきうき気分で歩くこの道も、今日はなかなか歩が進まない。

それでも気がつけばマンションの前。
片岡が居を構える、高級そうなこの建物を見上げた。

エントランスでガラスに映った自分の顔を見て、驚いた。
まるでこの世の終わりのような顔つきだ。

ふと思う。
もし、別れ話が出るにしても、こんな顔のおれじゃあ言い出すものも言い出せないだろう。
片岡に負担はかけたくなかった。
どうせなら笑顔を見せたい。最後ぐらい、笑顔を・・・・・・

おれは、くるりと方向転換すると、いつものスーパーへと走り出した。










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