新しい朝





第四話
〜片岡side〜






「―――――じゃあ」



おれは用件だけ伝えると、受話器を置いた。
成瀬と付き合うことになって、片思いの時なんかと比べものにならないくらいあいつが好きになって、かわいくて愛しくて、もう離したくないと思っていた。
いや、思っていたのではなく、今でも思っている。
これからもずっと・・・




そして、明日、成瀬は卒業する。
教師と生徒の関係ではなくなるから、もう少し堂々と外で会えるだろうか?
もう少し成瀬に普通の恋人同士っぽいことを体験させてやれるだろうか。

おれには、明日、成瀬に言わなければならないことがある。
それはずっと考えていたこと。
ふたりだけじゃ決められないけれど、とにかく成瀬の気持ちを確かめることがいちばん大事だ。

もうすぐ大学の二次試験もある。
そんな時に、こんな話をするのもどうかと思うのだが・・・・・・




3年が自由登校になって、顔さえ合わせない日が続いていた。
今年に入って、数回しか会っていないかもしれない。

それでも、成瀬が元気ならそれでよかった。
大学に合格すれば4月からは・・・・・・




それにしても、今の成瀬、元気がなかったよな。
うんしか言わなかったし・・・

本当はもっと話がしたい。
会いたい、ふれたい、抱きしめたい。

けど、もしかして勉強中かもしれない、ノッてきたところかもしれない、仮眠をとろうとしてたかもしれない、いろいろ考えると電話するのも憚られる。
だから、今だって用件だけで済ませたのだ。

疲れているのだろうか・・・
気になってもう一度ダイヤルしようと指を伸ばしてやめた。もう横になったかもしれない。
とにかく、明日は会えるのだから、今日は我慢するとしよう。



寝室に入ると、明日の準備を始めた。
ネクタイはクリスマスに成瀬から貰ったものを結ぶことに決めていた。
この日のために大事にしまっておいたのだ。
成瀬は普段でも結んでくれというけれど、そうやすやすと人様に見せたくはない。

スーツはネクタイに合わせて新調した。
同じブランドの店で、ネクタイを見せて見繕ってもらった。
若い店員が、やたら張り切って選んでくれたのにはびっくりしたが、その店員が着ているもののセンスもよかったから、安心して任せられた。

「絶対これがいい」と選んでくれたスーツは、かなり値のはるもので一瞬躊躇ったが、なかなか着こなせる人がいないからずっと淋しそうだった、あなたに着てもらえるとこのスーツも喜ぶでしょう、少しおまけしますからと、あまりに熱心に勧めるから、おれはこのスーツに決めた。
意味ありげに笑う店員には、腑に落ちない点があるのだが・・・・・・
何だか父親気分だな・・・・・・

ふふっと笑いがこぼれた。
喜んでくれるといいんだが・・・・・・
成瀬の晴れ姿を思い浮かべながら、おれはひとりベッドへと入った。








講堂での卒業式、成瀬のE組は、卒業生のいちばん端に整列したため、おれたち教職員の横の席となった。
そして、ラッキーなことに、おれの位置から成瀬まではほんの数メートルの場所だった。
いつも緩く結んでいるネクタイも、今日だけはしっかり結んでいる。
オトコらしい凛とした雰囲気を持つ成瀬は、他のどんな生徒よりもきりっと輝いていた。
まあ、金だけしか持ってないあほボンと、家族をしっかり守っている成瀬とじゃ、月とスッポンどころか比べるのもバカらしいくらいだ。




初めて成瀬と会ったのは、入学式。
当時は、おれの初めての担任クラスの一生徒でしかなかった。

それがいつの間にか、好きになり、長い片思いを経て、今は恋人同士。
まさか自分がオトコを好きになるなんて思ってもみなかった。
しかも相手は8歳も年下の生徒だ。
成瀬に会ってから、成瀬しか目に入らなくなった。
物心ついてからモテまくっていたおれは、オンナに不自由したことなんてなかったし、思い通りにならなかったオンナもいなかった。

半ば強引に告白し、半ば強引に付き合い始めた。
心が近づけば近づくほど成瀬の優しさや淋しさを感じることができた。
特に、誰にも頼ることなく、自分の足で踏ん張って歩いている成瀬の、心のよりどころになりたかった。

おれはいつだって待っているのに、なかなか成瀬は素直になってくれない。
おれの包容力が足りないのだろうか・・・

もっともっと成瀬を知りたい。成瀬にももっともっとおれを知ってもらいたい。
そのためにも、今日の話は大切だ。
成瀬が了承してくれるといいのだが・・・・・・




おれは、成瀬を見つめた。
口元をキュッと結んで、何かを考えているようだ。
卒業式なのだから感傷的になるのも当たり前なのだが、どうも種類が違うようで、気になって仕方がない。
しかし、どんなに見つめても、こちらを向くことはなかった。
隣りの圭だけが、おれの視線に気づき、ニヤニヤしていた。











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