新しい朝





第一話
〜成瀬side〜






「もうすぐ卒業式だな」



大学の二次試験を控え、バレンタインデーの日以来久々に会った片岡は、おれの顔を見るなりそう言った。
もっと、他に言うことはないのかよっ!会いたかったとかあるんじゃねえの?
自分だって言い出せないくせにそんなことを思いながらも、片岡の質問に返事をした。
「だな〜おれは1日に式に出席すればもう学校とはオサラバなんだな」
それだけ言うと、また問題集に目を落としたものの、どうも視線が気になり顔を上げると、片岡がじっと見つめていた。
「なに?おれが卒業しちまって淋しい?」
「そうだな・・・確実に顔をあわせる時間が減るから・・・淋しいな・・・・・・」
心底淋しそうに言うもんだから、おれはジーンと来てしまった。



今までは、おれがバイトで片岡が仕事で、会えない日が続いても、学校に登校することで、顔を見ることができた。
呼び出しという都合のいい理由をつけて、校内でも堂々と会話することもできた。

それがなくなる・・・・・・



おれは、大学生になったらもっと会える時間が増えるんじゃないかって思っていた。
何せ大学生はある程度自分のスケジュールで授業が組めるのだから。

でもよくよく考えたらそうでもない。
片岡は平日は朝から夜まで学校という職場に縛られる。
おれは、昼間に授業がなくても片岡に会えない。バイトだって今以上に頑張るつもりだ。

こいつと会う時間が少なくなる・・・



シャーペンを持つ手の動きが止まり、呆然とするおれの頭を、大きな掌がくしゃりとなでた。
「その分協力して会う時間作ろうなっ!」
優しい言葉に気持ちが乱される。ぬくもりを求めてしまう。頭に置かれた手が、頬を包み、親指でくちびるをなぞられ、目線を上げると今日はコンタクトらしい片岡の茶色の瞳とぶつかった。
おれだって健全な18歳のオトコ、10日ぶりに恋人に会って欲情しないわけはない。
相手がオトコだってことは多少問題があるにしても、好きなものは好きなのだ。
抱きあいたい・・・そう思ってしまうのだ。




しかし、今日は早く帰らないと行けない。
このままセックスに突入してしまうと、久々ということもあり、離れられなくなりそうだ。

「きょ―――」
今日はダメだと言おうとしたのに、くちびるをふさがれた。
自然とくちびるを薄く開け、片岡を迎え入れてしまう。
侵入してきた熱に自分を絡めると、身体がぴくりと震えた。
片岡を吸い上げると今度は片岡の口腔に差し入れる。
吸われ甘噛みされ、意識が飛びそうになる。
たかがキスくらいでって思うのだが、身体は正直で、
濃厚なキスに溺れ、もっととねだる自分がたまらなく恥ずかしくなる。

くちびるを舌でなぞられ、思わず甘い声が漏れ、はっと我に帰った。
押し倒されそうな勢いの片岡の胸を押し返すと、不思議そうにおれの瞳を覗きこむ。




「―――イヤか・・・?」



耳元で吐息のようにささやかれ、このままぬくもりを感じたい欲求に支配されそうになるのをぐっと堪えた。
「今日はもう帰んないと・・・」
陸に課題の工作を手伝ってほしいと頼まれているのだ。
純平も康介も、手伝いに失敗したらしく、今朝泣きそうな顔で陸がおれに訴えてきたのだ。

片岡は、抵抗なくおれから身体を離し、煙草に火をつけた。



「―――理由・・・聞かないのかよ・・・?」



簡単に離れていった片岡が淋しくて、おれは少し怒り口調になっていた。
自分から中断しておいて、それに従ってくれたのに怒るなんてバカげてるってわかっているのに、心はすっきりしない。
「おまえ、その気だったろ?それくらいわかるさ。それにもかかわらず拒否したってことは、おれとのセックス以上に大事なものがあるわけだ。・・・弟さんだろ?」
こいつのこういうところ、好きな部分でもあり、嫌いな部分でもある。
何もかも悟っていて、おれより先を歩いている。

おれは、並んで歩いて行きたいのに・・・・・・
「送ってく。用意しろよ」
おれは、カバンに散らかした問題集を詰め込み、マンションを後にした。






**********






陸の工作は簡単なものだった。
これならもっと片岡と一緒にいたって支障はなかったのに・・・

ベッドの中で、片岡のことを考えていた。
ものわかりのいい、8歳年上のおれの恋人。
かっこよくて、優しくて、いつもおれのことをいちばんに考えてくれる人。

でも、おれにとっては、片岡がいちばんなのだろうかと言えば、そうではない・・・
いや、大好きでたまらないし、抱かれている時はいつだって片岡がいちばんだって思っているのに、おれは最後の最後には家族を選んでいる。




最近考えることがある。
もし陸と片岡が海で溺れていて、どちらかひとりしか助けることができないとしたら、おれはどちらに手を差し出すだろう。
片岡は、家族とうまくいっていないらしく、いつもおれがいちばんだと言う。
この世でいちばん愛してるとおれに何度も繰り返す。
でも、おれは・・・おれはどうなんだろう?




『今度はいつ会える?』



いつもの公園での別れ際の言葉に、おれは答えることができなかった。



『わかんねえ。受験ももうすぐだし、気が向いたら行くよ』



振り返らずに一目散に家へと走った。
片岡を選んでしまいそうで恐かったから。
片岡と離れたくなくなって、陸との約束を破ってしまいそうな自分が恐かったから。

布団の中で、身体をギュッと抱きしめる。
全然物足りない力とぬくもりに、心が寒くて震えた。










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