素敵な雨降り



第三話





「成瀬・・・・・・」
艶を含んだ掠れた声は、今までとはまるで違う片岡の一面を見せつける。
息が上がるような深いキスは、あっという間に車内を濃密な空気に変えた。
最初に告白してきたのは片岡の方で、おれはまんまと片岡の思惑にハマってしまったい付き合うことになったのだけれど、今ではおれも相当こいつにハマってしまってると認めざるを得ない。
だから、いつかはこうなることを想像はしていたし、全然嫌じゃない。
好きな相手とキスするのも抱きしめあうのも自然なことで、その延長上にあるのが、こういう行為だと知っている。
付き合い始めた初日に済ませるヤツだっているのだから、二週間という期間は早くもなく遅くもなく、それなりの期間だと思うけれど。
散々口腔内をかきまわして離れていったくちびるが、耳朶を食み首筋を吸い上げる。
「アッ・・・」
思わず上がった自分のものとは思えない甘い声と、クスリと笑った片岡の手がおれの下半身をキュッと掴んだ瞬間、流されそうだった意識が反射的に身体の抵抗を促した。
「やっ、やめろよっ!」
身を捩って片岡の身体を押し返そうとするものの、上から全体重をかけられてはどうしようもない。
「おれに触られるのイヤか?」
「そ、そうじゃなくって!」
嫌なわけがない。
ちょっとびっくりして抵抗したけれど・・・
このまま流されてしまってもいいかなって考えが頭をよぎったのだが。

「じゃあおとなしくしとけ」
その言葉を聞いた途端、おれの中で今までの優しい甘さがまたまたびゅんと吹っ飛んだ。
今度はかなりカチンときた。
おとなしくしとけって・・・・・・そりゃなんだよ!
触られるのがイヤじゃないっていうのは本当だ。別にもったいぶってるわけじゃない。
おれたちは教師と生徒なんていう関係だけれども、ちゃんと付き合っているのだ。
気持ちも確かめ合ったし、身体を重ねることは自然なことだ。
だけど。
こういうのってお互いの気持ちが同じ方向に向いてないとダメなんじゃないのか?
それを一方的に押さえつけたかと思えば、偉そうになんだって?
雨の中を迎えに来てくれて、初デートだとドライブに連れ出してくれた。甘く優しいキスは気持ちよかったし、繰り返されるキスは確実におれたちの雰囲気をも蕩けるように甘い色をつけた。
きっとここが片岡の部屋だったら・・・・・・
おれはきっと抵抗なんてしなかった・・・かもしれない。
けどここは車の中で。しかも大雨で人通りのない公園だといっても野外であることに変わりはなくて。

初めてが車の中って・・・・・・カーセックスって!!!
いくらおれが男だからといってもそれは酷くないか?
てか、こんなとこで何サカってんだよ、こいつは!!!
しかも突然だし!!!

しかもおれがヤメろって言ったのを、おとなしくしとけだと???
これは断固として抵抗しなくては!
「どこ触ってんだよ!やめろってば!」
「いいからちょっと黙ってろって」
シャツの裾から侵入してきた手で脇腹を撫でられ、初めての感覚にゾクリとした。
求められるのは嬉しいけれど・・・でも・・・・ゴルァ〜〜〜!!!
こんなところで流されてはいけない。
やっぱり初めてはちゃんとそれなりの場所で、それなりの雰囲気で・・・・・・
わ〜〜〜ベルトを外すなって!!!!!
おれは抵抗を始めた。とにかく闇雲に手足をジタバタとさせた。
狭い車内、それなりに大きい男ふたりの絡み合い。
のしかかる男とのしかかられる男。
片岡もいつになく必死だった。
もうこうなったら意地と意地のぶつかり合い。勝つか負けるかの真剣勝負。
そう思う時点ですっかりエッチモードではないのだけれど。
器用にベルトを緩められいよいよ片岡の手がパンツの中に侵入しようとしておれは焦った。
「だからやめろっつってんだろうが!!!」
ありったけの力で片岡を振りほどこうと、もがきにもがいた瞬間。
「・・・ッテ〜〜ッ・・・」
肘に固いような柔らかいような衝撃を覚えたと同時に、おれを押さえつけていた力がフワリと緩んだ。
びっくりして、シートに手をつき上半身を起こせば、目の前には顔をしかめて頬をさする片岡。
フロントボードに乗り上げた足先には片方のテンプルが折れ曲がった眼鏡。
何がどうなったのかは一目瞭然。
慌てて頬をさする片岡の顔を覗き込めば、薄暗くてはっきりわからないけれど、どうやら流血沙汰にはなっていないようだ。
ほっとしたのも束の間、車内は気まずい雰囲気に包まれていて、やけに雨の音が響いていた。
容赦なくフロントガラスに叩きつけられる雨粒に、非難されているような気分になり居たたまれなくなる。
だけど狭い車内。どうすることもできなくて。
ゴメンと謝ればいいのか。
いや、だけど無理やりヤろうとしたのはコイツのほうだし。
でも肘鉄くらわしたのは事実だ。
だけどその原因を作ったのはコイツだし。
心の中で葛藤するも、結局言葉は出てこないままで、片岡は何も言わずにぶっ壊れた眼鏡をつまみ上げ、運転席に移動したかと思えば、残ったテンプルを耳にひっかけ中途半端に眼鏡をかけると、車を発進させた。








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