素敵な雨降り



第四話





会話もなく、カーステの音楽もない、聞こえるのはタイヤのあげる水しぶきの音と、車体を叩く雨音だけ。
一言も口を利かない片岡に、怒らせてしまったのだろうかと考え、当たり前だと肯定する。
雨の中をわざわざ迎えに行き、ドライブに連れ出してやったのに、身体に触れてみれば抵抗され、あげくの果てには肘鉄をくらわされ眼鏡を破損された。
キスは許すくせに、カラダは許さない恋人なんて、呆れてしまっただろうか。
オンナじゃあるまいし、もったいぶるなよって・・・・・・
そんなどころじゃなく、片岡の知ってる今までのどのオンナよりも、おれはよっぽど面倒くさいかもしれない。
―――全然イヤじゃないのに。
正式に付き合い初めてニ週間の間に、片岡とのキスを思い出しておかしな気持ちになったこともある。
ちゃんと男同士のやり方だってそれなりに勉強もしたし、期待していないわけじゃない。
だって・・・おれたち恋人同士だし。
でも、今日は突然すぎて。
しかも車の中だし。
それに・・・おれのそういう恥ずかしい気持ちを見透かされたようで、違う意味でカーッとなってしまったのだ。
ちゃんと説明したい。
触られたくないから抵抗したんじゃない。
驚きと照れに羞恥心が加わり、とんでもない言動をとらせたのだと。
しかし、片岡は無言でハンドルを握ったまま、おれの存在をすっかり消しているかのように、じっと前方を見たままだ。
そして、そんな片岡の態度に、おれも素直になれるはずがなく。
おれがもっと素直でかわいい性格だったら、ちゃんと気持ちを伝えることができる性格だったら、きっとこんなややこしいことにはならなかっただろうと思うけれど、今さらこの性格を変えるなんて到底無理。
嫌われたらどうしようと不安でたまらないくせに、強がってしまう自分の性格が恨めしい。
結局何も言い出せないまま、車がおれの家の前で止まった。
いつもは近くの公園で別れるのだが、今日は弟たちもいないし、降り続く雨を配慮してくれたのだろう。
さりげない優しさを見せる片岡に、おれは口を開きかけて・・・噤んだ。
片岡がこっちを見てくれないから。
おれはそそくさとシートベルトを外すと、荷物をもって飛び出した。
ガチャガチャと鍵を開け玄関に飛び込みその場に蹲る。
あんな態度を見せる片岡は初めてだった。
いつだって優しくて気にかけてくれて、おれをちゃんと真っ直ぐ見てくれたのに。
たぶん嫌いになったとかそんなんじゃないと思うけれど、面倒くさいと思われた可能性は高い。
自分でもさっぱりした性格だと思うし、周りの成瀬評もそんな感じだし、まさかおれがこんなことで抵抗するなんて、片岡は思ってもみなかった可能性はある。
性の不一致は別れの原因。
いやいや、まだ何にもヤってないんだけど。
始まったばかりの恋がもう終わるのか・・・?
こんなことで・・・?
このまま片岡からな〜んの連絡もこなくなって、学校でも何気に無視されて・・・・・・
ギュッと鷲掴みにされたように胸が痛んだ時、ケータイのメール着信音が鳴った。
もしかして、とカバンを引っくり返してケータイを手に取り、おれは目を瞠った。
『ちょっと焦ってしまった。反省してる。嫌な思いさせてゴメン』
「センセイ・・・・・・」
ケータイを握りしめたまま外へと飛び出したら、見慣れた車の窓越しに片岡と視線が合った。
車に駈け寄るおれに驚いたような顔をしたけど、すぐにウィンドウをおろしてくれた。
やっと真正面から見つめられて、安堵と喜悦の感情が言葉を滑らかに綴らせた。
「おれ、嫌だったんじゃないから!ちょっとびっくりしただけで!」
ドアにすがりつくようにして訴えるおれに、片岡は微かに笑みを浮かべた。
「わかってる。今日はおれが悪いんだ。突然サカって悪かったな」
にゅうっと伸びてきた手がおれの髪を、頬を捉えたかと思ったら、優しく撫でてくれた。
くすぐったい温もりはおれの意固地な心も溶かしてくれる。
おれも片岡の頬に指先で触れてみた。
「ここ、痛かっただろ?ごめん・・・眼鏡も壊してごめん」
「ああ、眼鏡ないと運転できないからな。カッコ悪いけどこのまま帰るわ」
優しい言葉に離れがたくなってしまう。
まだ愛されてるんだと実感して、じわじわと愛しさが込み上げてくる。
帰りのあの無言の時間がもったいなかったと悔やんだ。
「風邪引くから。もう家に入れ」
小降りになっていたとはいえ、おれのシャツは雨粒のシミを作っていた。
「うん」
離れようとしたら腕を引っ張られ、掠め取るようなキスをされた。
「今度はどんなに嫌だっつってもヤるからな。覚えとけよ」
挑発するような言葉に不敵な笑みを浮かべているけれど、ずれた眼鏡じゃあ迫力もなく、おれはおかしくて笑ってしまった。
笑ったらいつもの調子が戻ってくる。
「カーセックスは嫌だからな!どうせだったら超高級ホテルのスウィートとか、超高級旅館とかにしてくれよ!ラブホテルなんて問題外だからな!」
言ってしまってからなんて恥ずかしいことをと思ったけれど、勢いは止まらず平静を装ってフフンと笑ってやった。
片岡は満足そうに笑った後、右手を軽く上げてのサヨナラの合図とともに去っていった。
とりあえずホッと息をつき、家へと戻る。
触れられた頬に触れ、その温もりを思い返す。
いつか、あの温もりに全身包まれる日がくるのだ。
近い日であって欲しいような、遠い日であって欲しいような、複雑な心境。
てか、あいつ、マジでスウィートとか予約しそう・・・・・・
来るべき日のことを考え、ニヤけまくりのおれは、帰ってきた弟たちに気味悪がられたのだった。









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