素敵な雨降り



第ニ話





街灯もほとんどなく、暗闇で何処なのか全く見当つかないが、そんなに走ってはいないから市内であろうことは確かだ。
「ここどこだよ?」
「森の宮公園」
それはこの街の山手に作られた、植物公園だった。
公園といっても入場料なんていらない、24時間自由に出入りできる、小さな公園なんだけど。
季節ごとに、その季節を象徴する花が植えられ、街の人々の憩いの場となっているのだが、あいにくの雨で人の気配は全くなかった。
確かこの時期紫陽花が満開だったような・・・・・・
「おまえは花なんて喜ばないかと思ったんだが、たまにはオトコふたり、花を愛でるのもいいかと気を取り直してはみたけど、この雨だ。外に出るのは無理だな」
ちゃんと考えててくれたんだ・・・・・・
そう思うと胸がツンと痛んだ。
おれは会う場所ってものに全くこだわらない。
オンナじゃあるまいし、あそこに連れていけだの、どこかに出かけたいだの、そんなことは思ったことはない。
この車の中でも、片岡のマンションでも、どこでもいいのだ。
オトコ同士だし、少なくとも片岡が教師でおれが生徒の間は、どこで誰に目撃されるかわからないような場所に行くことはとうてい無理だと考えているし、それに不満はこれっぽっちもない。
それなのに・・・・・・
「初デートだしな」
そう言われて気がついた。
これってデート・・・なのか?!しかも初デート?!
許された時間はたったの2時間だけれど、それでもきちんと付き合い始めてからこんなに長い時間を過ごすのは初めてのことだ。
デートかぁ・・・・・・
くすぐったい響きに心臓がドキドキ高鳴り、隣りでシートに凭れる片岡の存在を強く意識してしまう。
そしてそんな自分にキモチを隠すかのように、おれはここぞとばかりに饒舌になる。
「で、ちゃんと考えてくれてんだ。あんた、結構マメなんだな」
「おれは、イレ込んでるヤツにはとことん尽くすタイプなんだ」
それって自分は恋愛経験豊富ってことがいいたいのか・・・?
いちいちカチンとくるおれもおれだけれど、いかにも慣れた風な口を利くこいつの言葉に、おれの中に湧き上がっていた甘ったるさが一気に吹っ飛んだ。
「ふ、ふ〜ん・・・やっぱりおモテになる人は違いますねぇ。ツボを抑えるのもお上手で・・・でもな、悪いけど生憎おれはオトコなもんで、今までアンタがイレ込んだオンナとは違うんだ。『わ〜嬉しいっ!』なんて死んでも言わないからな!」
「言わなくても思ってくれればそれでいいさ」
「ばっ、はっかじゃね〜そんなこと思ってもいない―――」
「の割りに、さっきひとりニヤけてたじゃないか」
「あっ、あれは―――」
おれは押し黙るしかなかった。
―――おれの負けだ・・・・・・
そう、おれは片岡に優しくされて、甘やかされて、嬉しいのだ。
自然と笑みを浮かべてしまったのも無理はない。
ただ、うまく自分の感情をコントロールできないだけ。表現できないだけ。
返す言葉も見つからなくて、ずっと握ったままのタオルに視線を落としていると、下から覗きこまれてギョッとした。
思わず身を引くと、片岡がクスクス笑う。
「おまえ、やっぱかわいい」
息がかかるほどの至近距離で囁かれれば、今までの威勢のよさはすっかり影を潜め身動きすらできなくなる。
それを狙ったかのように、くちびるが重ねられた。
慣れはじめているキスという行為は、おれの身体を熱くし、頑なな心を蕩かす作用を持っている。
そして、こいつとのキスは・・・キモチがいい。
くちびるをくっつけあう行為がこんなに甘くてキモチいいものだったなんて知らなかった。
触れては離れる小さなキスを繰り返されれば、まだ受動的なキスしかできないおれは、なんだか物足りなくなってくる。
それでも素直にもっと欲しいなんてねだるなんてとんでもなくて。
夢中になってしまうようなディープなキスではないから、行為に没頭できなくて。
「は、花を見に来たんじゃないのかよ。紫陽花が満開だって―――んっ・・・」
何度目かに近づいてきた片岡から顔を背けて、少しばかり抵抗してみせたけど。
そんなことはおかまいなしに、片岡はなおもおれを強く抱き寄せ、言葉を遮るかのように再びキスをしかけてきた。
さっきよりも密着する身体がおれを落ち着かなくさせる。
少しばかり長いキスの後、片岡がおれの耳元でそっと囁いた。
「こんな雨の中を散歩するなんて無謀だろ?それにどんなキレイな花よりおまえの方が価値がある」
そのまま耳朶を軽く食まれ、おれはビクリと身を竦めた。
クサイ台詞だと思う。
他の誰かのそんな台詞を聞いたら鳥肌もんだ。
だけど片岡だから。
他の誰でもない片岡だから、おれはその言葉を受け入れてしまうのだ。
恥ずかしいけど。

本格的に付き合い初めて二週間。
片岡は教師でおれは生徒。
いろんな制約がありなかなかふたりきりの時間が持てないのが事実。
だからこそこういう時間を大切にしたいと思うのだ。
恋するキモチってよくわからなかった。
だけど今はわかる。
話をしたりすることも大事だけれど、触れたいし触れられたい。体温を感じたい。
片岡を背に腕を回せば、シャツ越しに温もりを感じ、ふわんと幸せな気分になった。
それなりに体格のあるおれよりも、さらに大人で逞しい背中に、心臓が跳ね上がる。
狭い車内といえども運転席と助手席にはそれなりの距離があり、それがもどかしくてたまらない。
抱きしめられて抱きしめて、慣れてきた煙草のにおいを吸い込んで、おれはその腕に力を込めた。
すると、片岡がおれの方に体重をかけて、器用にも運転席からおれの方へと移動してきたのだ。
「ち、ちょっとアンタ―――」
驚いたおれの言葉なんて耳に入っていないのか、その動作は酷く強引で、カチャンとシートを倒されたかと思えば、おれは片岡にのしかかられ倒されたシートに押さえつけられていた。








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