christmas serenade

甘い夜







第ニ話






半ば引きずるように寝室へと連れ込まれ、最初に目に入ったのは、少しだけ乱れたシーツだった。
暖めてほしいなんて大胆なことを言ったくせに、いざベッドを目の前にすると羞恥心が込み上げてくる。
何をどうするのかは知っている。
いつかはこんな日がくるだろうと少しは勉強もしたし、隆弘に対する気持ちを認めてからは、何度も何度も不埒な妄想を繰り返しては隆弘のことを穢した。
自己嫌悪に陥りながらも、その妄想が現実になることを望んでいた。
女性みたいに抱かれたいなんておかしいんじゃないかと悩んだりもしたけれど、恋愛に性別なんて関係ないのだ、好きだから抱かれたいと思うことは当たり前のことなのだと言い聞かせた。
それにどう考えても、抱かれるのは凛の方で、隆弘を抱くだなんて考えてだけでも目眩がしそうだ。
今まで女性を見ても性欲を感じたことがなかったし、むしろ生々しくて想像することも稀だった。
だからといって男性に性欲を感じたかといえばそれも全くなかった。
しかし、隆弘に抱かれたいという気持ちが芽生えたということは、その素質が凛にはあったのかもしれない。
まさか、想いが通じて隆弘と恋人になれるなんて思っていなかった。
弟分でもいい、友人でもいい、そばにいられればいいとさえ思っていた。
むしろ、この想いを知られることが恐かった。
気持ち悪いと罵られても仕方のない恋なのだ。
だから想いが届いたことがあまりに嬉しくて、クリスマスの日、隆弘を誘った。泊まって行きますか、と。
想いが通じたその日に誘いをかけるなんて、今から思えば欲望丸出しのはしたない行為だ。
拒否され、我に返ってすがりつくと、隆弘は笑って嬉しいと言ってくれた。
嫌われないでよかったとホッとしたのを覚えている。
それからは、恋人同士の付き合いが始まったのだけれど、隆弘は一度も凛を抱こうとしたことはなかった。
お互い忙しく、会える日も限られていたからこそ、肌のぬくもりが欲しかったのに。
抱きしめあったりキスを交わしたり、最低限の恋人としてのスキンシップは欠かさなかった。
愛されているとは思っていた。キスひとつにしても隆弘の気持ちを感じることはできたし、好き好んで自分のような男とキスをするほど隆弘は愚かではない。
だが、凛を抱こうとしない隆弘もまた現実に存在して、凛に不穏な影を散らつかせた。
キスまでならいいけど、やっぱり身体に触れるのは気持ち悪いのだろうか。
凛には実感が湧かないが、男には自分の種を残したいという本能があるから、セックス時には挿入行為が欠かせないのだと何かの本で読んだことがあった。
もちろん男同士だって挿入することは可能だが、使用するのは排泄器官だ。抵抗があるのは無理のないことだ。
それとも、隆弘が凛の肌に触れないのは、施設で育ったからだろうか。
親に捨てられたのは不可抗力で、凛が望んだことではない。
なのに、そのために数々のイジメにあってきた。
どんなに清潔を保っていても「汚い」と罵られたり、あからさまに凛を避ける同級生もいた。
そんなイジメも高校入学と同時におさまったが、その精神的苦痛は消えることなく今でも凛に影を落とす。
施設育ちであることは、恥ずべきことではないと、そう思っていたのに、隆弘に会ってから変わってしまった。
それは凛にとって一生消えない事実だ。だからそれを否定する人がいるならそれでいいと割り切っていた。
だが隆弘は違う。
隆弘に否定されたら・・・そう思うと胸がキリキリ痛くなり、なかなか言い出すことが出来なかったのだ。
それなのに、凛の勇気を持っての告白を、隆弘は何でもないことのように受け入れてくれた。そう思っていた。
しかし、本当は違っていたら?
はやし立てるクラスメートの声が甦り、それがいつしか隆弘の声に変わる。
違う、隆弘はそんなことを思ってはいない、どんなに首を振ってそれをどこかへ押しやろうとしても、凛を抱かないという事実がますます凛を不安にさせた。
凛は初めて施設育ちであることを蔑み、自分を捨て置いた母親と顔も知らない父親を恨んだ。
どうしてだろう?
どうして隆弘は抱いてはくれないのだろう?
凛は隆弘を求めているのに、隆弘はそうではないのだろうか。
普通の家庭に育った普通の人間だったら、すんなり抱いてくれたのだろうか。
それとも、やっぱり最後は女性のほうがいいのだろうか。
不安を抱えながらもそれを胸の奥へひた隠し、楽しいことだけを考えてこの部屋にやってきた。
立派なチョコレートを見たときには、自分が情けなくて消えてしまいたいと絶望的な気持ちになった分、こうやって隆弘の寝室にいることが夢のようだ。
「凛・・・」
乱暴気味にベッドの上に押されしりもちをつくと、ベッドがギシリと悲鳴をあげた。
ベッドに膝を乗り上げた隆弘は、凛の身体を跨いで挟み込み、ぐいっと近づいてくる。
今までにない隆弘の気迫に圧され、凛がしり込みして後ろにずり下がれば、ヘッドボードに行き当たり、そこにもたれかかるように背中を預けた。
行き場を失った凛の頬に指先が伸びてくる。
「どうした?欲しいといったのは凛だぞ?それとも恐くなった?」
凛はぶるんぶるんと首を横に振り、その言葉を否定する。
「恐くなんかない。隆弘さんを怖いなんて思ったことない」
頬を彷徨っていた隆弘の指先が、まるでネコをあやすように凛の喉元を滑り、親指でくちびるを撫でられると、ブルンと身体が震えた。
「おれ・・・自分が怖いよ・・・・・・」
「自分が・・・・・・?」
意味がわからないという表情を浮かべながらも、この状況を楽しんでいる様子がうかがえる隆弘の余裕が、凛をますます気弱にさせた。
隆弘が経験豊富なのは仕方のないことだ。
モテるのは承知しているし、知り合ったころに隆弘の部屋を訪れた時になんとなく女性の気配がしたものだ。
逆に凛には恋愛経験なんてないに等しい。
初めて本気で好きになった人が初めての相手だなんて、乙女チックかもしれないけれど幸せなことだと思う。
だからこそ、凛は恐かったのだ。
「おれ・・・隆弘さんに触れられたら、きっとわけがわかんなくなって・・・・・・」
何度も想像し夢にまで見た、隆弘に強く抱かれる自分。
力仕事のおかげで筋肉はついてきたものの、まだまだコドモみたいな自分の身体とは全く違う隆弘の逞しい身体。
素肌を合わせて抱き合って、撫でられて、敏感な部分に触れられて、そして・・・・・・
考えただけでザワリと身体が反応し、体温が上がった気がする。
「わけがわかんなくなって、そしたらたぶん、おれ、おかしくなる。きっと正気じゃなくなる。きっとおれ、隆弘さんが思ってるよりもずっといやらしくて、そしたら隆弘さ―――んんっ・・・」
続きの言葉は隆弘のくちびるに飲み込まれた。
しかし、くちづけは舌を絡めるほど深くはなく、合わせ合うだけなほど軽くもなく、凛の口全体を覆ってしまうほど噛み付くような荒々しい、それでいて優しいキスだった。
チュッと音をたてて離れていく隆弘のくちびるを惜しげに目で追うと、フッと笑って再び近づいていたそれはとてもソフトに凛のくちびるを包み込んだ。
熱い舌でつつかれて我慢できずにそれを弛めると、勝手知ったる凛の口腔を自由自在に動き回り、平静を保とうとする凛を翻弄する。
くちびるが離れるころにはすっかり息もあがり、凛の身体は熱く燃えていた。
濡れたくちびるは唾液で光り、うっすら潤んだ目元は赤く染まっている。
「そしたら何?凛の感じてる姿見たら、おれが幻滅するとでもいいたいわけ?」
凛は黙り込んだ。
「バカ」
隆弘が凛の鼻をつまんだ。
「いたっ」
凛が抗議の声をあげれば、隆弘はクスリと笑ってその手を離し、凛の手をつまむと自分の股間へと誘う。
「あっ!」
凛の触れた隆弘の股間はすっかり硬くなっていた。
「おれはね、凛とキスしただけでこうなるの。凛の欲しそうな顔見ただけで勃っちゃう人なわけ。そんなおれが凛のイッちゃった顔見たらどうなると思う?たぶん凛の比じゃなくなるだろうな。変態オヤジに変身するかもしれないぞ?」
「い、いいよ。隆弘さんなら何されても」
凛は隆弘が自分に欲情してくれているのが嬉しかった。女性はよく知らないけれど、男性は性的興奮の度合いを身体で示すことができる。手の中で布越しに感じる脈動はその証拠だ。
凛はもう一方の手で隆弘の手をとると、同じように自分の股間へと導いた。
「おれに触ってくれる?おれ、頑張るけどあんまり自信ないんだ。頭ではいろいろ描いてはいるんだけど・・・」
「なに?凛、いろいろ想像してたんだ?」
あからさまに、いやらしいと言われたようで、カッと顔が赤らんだのがわかった。でも本当のことだ。
「凛、かわいい・・・・・・」
「隆弘さん」
その言葉が合図となって、凛は隆弘にその身を任せた。



















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