christmas serenade







第九話






昼間に集中してパソコンに向かっていたからか、思っている以上に身体が疲れていて、結構な長風呂になってしまったと慌ててリビングに戻ると、凛がテーブルに置かれている見覚えのない袋を見つめていた。








お〜あれがおれへのプレゼントかな〜?








少しウキウキ気分で冷蔵庫からビールとジュースを取り出しリビングに戻る。
「凛、テレビもつけないで、退屈だったろ?ちょっと長湯になってしまって悪かった―――凛?」








少し様子がおかしい・・・?








しかし、その袋から視線を外して隆弘を見上げた凛は、いつもの凛だった。
「ぜんぜん平気!それより隆弘さんはちゃんとあったまった?あれ?」
凛は驚きに目を見張った。なんとパジャマがペアだったからだ。
隆弘がいつかの日のためにずっと前から用意していたのだ。
ペアルックなんて今までの隆弘には、吐き気がするくらい気色悪い、バカップルの要素のひとつでしかなかった。
まさか自分が喜んで買い揃え着ることになるとは。

「恋人気分が出ていいだろ?」
ポーズを取っておどけて見せると、凛がころころと笑った。











ヤバイ・・・本当にヤバイ・・・・・・
凛に会ってから自分の中の何かが少しずつ剥がれ落ちていく気がしていた。反対に自分でも気付かなかったいろんなことがムクムクと顔を出し始めている。
当たりが柔らかくなったと、同僚や上司にも言われた。
今回の契約も、押して押し捲るだけの昔の自分なら取れなかったのではないかと隆弘も感じていた。

電車に揺られている時など気を抜いた瞬間に、ハッと気がつくと自然と顔がにやけていたりするから溜まらない。
もちろんそんな時は凛のことを考えているのだが。

今だってそうだ。もしこの部屋に隠しカメラが設置されていたら・・・それはカメラ前でハダカ踊りを披露するより恥ずかしい。
凛にオレンジジュースの缶を手渡し、今度は向かいでなく隣りに腰を下ろすと、ちょうど目線に紙袋のロゴを見つけた。
高級チョコレート店のものだ。
しかもかなり大きそうだ。
こんな高級店のチョコを凛が買ってきたのだろうかと少し不思議に思った時だった。








「これ、玄関に置かれてたんだ」
「玄関に?」
「さっきインターホンが鳴ったから出てみたんだ。そしたらこれが置いてあった」
いい香りがするよ、そう言って凛は隆弘に笑顔を向けた。
「隆弘さんってモテるんだね。カッコいいもんね」
「だけど今は凛が一番好きだよ」
昔はモテることも男のステータスだと気取っていたが、今の隆弘にはそんなものは全く無用だ。むしろウザイ。
隆弘の告白に、凛はどうしてだか切なげな表情を見せた。
隆弘は今のは喜ぶべきところじゃないのかと訝しく思った。
「他にもたくさん貰ってるんだよね。スゴイね」
凛にスゴイと言われるのは嬉しいことだが、今のスゴイはいただけない。
それに、一番好きだという告白もはぐらかされた感が拭えない。
「ごめん。見ちゃったんだ」
凛の視線の先に忌々しい紙袋を発見し、隆弘は小さく舌打ちした。
あんなもの、全部義理チョコなのだ。
本当はさっさと処分してしまいたいのに、社内のおかしな風習のために持ち帰ってきただけなのだ。
それでも凛には見られたくなくて隠しておこうと思っていたのに、凛に会える喜びに酔いしれていてすっかり忘れてしまっていた。

隆弘にとっては、忘れてしまうほどの、その程度のものが、凛を傷つけるなんて許せなかった。
誰だって恋人が嬉しそうに―――いや、隆弘は嬉しがってはいないが―――貰ったチョコレートを発見できる場所に置かれては良い気分じゃないだろう。
ここで今までの女ならあからさまに拗ねた態度を取ったものだが、凛はそうではない。
気分を害していても隠してしまうような子だ。
少しくらい本心を見せてくれてもいいのにと、隆弘は思う。

「中見ただろ?あんなの義理チョコだ。デスクの上に放置されてただけなんだ。会社じゃホワイトデーに何かお返しするって暗黙の了解があってさ、誰からのかチェックするために持って帰ってきたんだ」
真実を述べているはずが、どうしても言い訳めいて聞こえるのは何故だろう。
隆弘は立ち上がり、視線の先の紙袋を抱えてくると、ローテーブルにぶちまけた。














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