christmas serenade







第十話






「ほら、見てみろよ。こんなちっちゃい箱、義理としか思えないだろ?おまけにみんな部署名と氏名入りの付箋がついてるだけ。愛の告白カードもなにもない。なっ?おれ、凛が思ってるほどモテないし、アプローチもされないんだ」
隆弘はひとつひとつ手に取ると、部署と氏名が書かれた事務付箋がついた箱を凛に見せた。
誰がどうみても、義理チョコ以外の何物でもない。
これで凛も笑ってくれるだろうと一安心した隆弘に、凛が想像もつかないことを言った。
「じゃあ・・・これは本命チョコなのかな・・・・・・」
これ、とはもちろん玄関に置いてあったという紙袋。
凛を納得させるために隆弘が取った行動は、どうやら墓穴を掘っただけのようだ。
「明らかに、それらとは違うもんね」
隆弘は固まってしまった。びっくりするほどのスピードで頭が回転して、一番良い言葉を見つけようと躍起になっているが、見つけ出すことができない。
「凛・・・それは・・・・・・」





一体誰なんだ?
こんな夜遅くにわざわざ持参してくるなんて!






隆弘は見えない誰かを恨むしかなかった。
今すぐその中味をゴミ箱直行にしたいくらいだが、凛に止められそうだし、そうすることを凛が喜ぶとも思えなかった。
重い空気が部屋に充満し、隣り同士に座っているのに、とても遠く感じる。
さっきから猛スピードで回転している隆弘の頭も、引き出しから良い言葉をまだ見つけられないでいた。
「凛・・・・・・」
遠くに感じる凛を近くに呼び戻したくて、隆弘がその髪に手を伸ばそうとした時だった。
「ごめんなさい」
凛が目を伏せて言った。





ごめんなさい・・・?





何に謝っているのだろう。凛が謝罪を口にする必要性なんてどこにもなかったはずだ。
「ごめんなさい。おれ、ちょっと嫌味な言い方したよね。隆弘さんがモテるのはカッコイイ証拠だし、隆弘さんが誰からどんなチョコレートもらおうか、おれには関係ないことなのに・・・ごめんね?」
顔を上げた凛は、笑顔だった。
「おれ、自分がチョコレート用意するの忘れたからって、ちょっと八つ当たりしちゃた。バレンタインって女の人が好きな男の人にチョコレート渡すんだって思い込んでたから。バレンタインか〜おれ、今年も1個も貰えなかったよ」
いいな〜隆弘さん、と紙袋を覗きこむ素振りを見せる凛を、隆弘は見つめていた。










「凛には関係のないこと?」
隆弘の低い声が凛の笑顔を消した。
「おれがチョコを貰っても、凛には関係のないことなのか?」
隆弘は散らばった箱をひとつ拾い上げると、ぶっきらぼうにテーブルの上に放り投げた。
「隆弘さん・・・」
「凛の言う『関係ない』は、それが『義理であろうと本命であろうと関係ない』って意味じゃないだろ?おれが誰から何を貰おうと別にどうでもいいって言う意味の『関係ない』・・・だよな?」
責めるような隆弘の言葉に凛は顔を歪めた。
もちろん怒りのためではなく・・・今にも泣き出しそうな表情だ。
それでも凛はグッとくちびるを噛みしめ、微かに笑みを浮かべた。
とても悲しそうな笑顔。

「ごめんなさい。今日は帰ります」
少し引きつった笑顔を浮かべて立ち上がった凛に隆弘は慌てた。
まさかそんなことを言い出すとは思わなかったから、一歩出遅れた。
「凛っ、おい待てって!」
引きとめようと手を伸ばした隆弘をスルリと交わすと、玄関脇にハンガーに掛けておいたコートをひったくるようにして、スニーカーも突っかけた状態で、部屋を飛び出していった。








テーブルの上に散らばったチョコにどんな気持ちが込められていようと、隆弘は全く興味がない。
冷たいと罵られようが全然構わない。隆弘にとってはその程度のものなのだ。
ただその程度のものを律儀に持ち帰り、クローゼットにでも片付けておけばよかったものを、リビングに放置した自分が不甲斐なくて後悔しているのに、追い打ちをかけるような凛の言葉につい口調を荒げてしまったのだ。
凛は悪くないどころか、謂れのないことで隆弘にごめんなさいと謝った。
自分が悪者になれば、隆弘がチョコを貰ってきたことを心苦しく思わないだろうという、優しい凛の配慮なのだろう。
凛の本心でないと、隆弘にだってそれくらいわかっている。
だけど、『関係ない』と言われたことに、苛立たしさを覚えてしまったのだ。





なんて心の狭い・・・・・・





今までこんなに誰かを好きになったことはないし、優しくしたいと思ったこともなかった。
だからだろうか・・・だから肝心なときにこんな風になってしまうのだろうか。
隆弘はすっかり意気消沈していた。
さっき凛に取ってしまった強気の態度はすっかり影を潜めてしまった。

どう考えても、隆弘が悪い。
ただの偏屈で嫌味なオッサンのいい分だった。

隆弘も後を追おうとして自分がパジャマ姿であることに気付き、コートを取ろうと奥の部屋に行こうとして何かを蹴飛ばした。
「んだよっ!」
くしゃっと音がした足元を見やると、隆弘が蹴飛ばしたのは凛が持ってきた紙袋で、中から銀色の塊が飛び出して床に転がっていた。
何なんだと拾い上げて、その香りでそれがチョコレートだと気付いた。
隆弘はすぐさまコートを羽織ると、その銀色の物体を掴んだまま部屋を飛び出した。














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