christmas serenade







第十一話






エレベーターの中でとりあえず持ち出したコートを着ると、凛はエントランスを抜けた。
「うわ〜」
道路は一面真っ白の雪で覆われていた。
人通りの少ないこの道は車の量も少なく、誰に踏まれることなく、綺麗な白さを保っていた。
足跡をつけるのが勿体無いと思う反面、自分だけがその特権を与えられたようで少し嬉しくなり、凛はシャリシャリと雪を踏みしめ歩いた。
カバンを置いてきてしまったから家に帰る事もできない。
あてもなく、ただマンション前の道をひとり歩く。
隆弘は追いかけてはこなかった。
隆弘を怒らせてしまったのだから当たり前だ。
何がどう悪かったのか凛にはよくわからないのだが。








関係ないと言ったのは凛の本心だ。
隆弘は凛に縛られる必要はないし、自由に恋愛を楽しむ権利がある。
かっこよくて大人で綺麗な女性が隆弘には似合うと思う。
だけど、どういうわけだか隆弘は凛を選んでくれた。
好きだと言ってくれた。

凛も隆弘が大好きだったから、凛が正直に気持ちを伝えると嬉しいと言ってくれた。
お互い忙しくなかなか会えないけど、少しずつ恋人っぽくなってきたと思っていた。
呼び方が川上さんから隆弘さんに、凛くんから凛に変わった。
敬語で話すこともなくなった。

凛は隆弘のためなら何でもしてあげたかった。
しかしながら、隆弘を楽しませるようなセンスの良い会話術も、女性のように見た目で楽しませる美しさも柔らかさも、残念ながら凛には備わっていない。

してあげることが何もできないなら、迷惑だけはかけたくないと思った。
凛がそばにいることで、隆弘が不快な思いをしたりするのは絶対に避けたかった。
隆弘はいつだって凛に優しい。
その優しさこそが隆弘の本質だと凛は思っている。

それなのに、隆弘にあんなことを言わせてしまった。
隆弘のイライラが伝わってきて、その原因が自分にあるのだと思うと悲しくて、それ以上に自分がイヤになった。
あそこにいる資格がないと思った瞬間、部屋を飛び出していたのだ。








見上げると、漆黒の闇からひらひらと白い羽根が舞い降りてくる。
凛はフードを被るとポケットに手を突っ込んだ。小銭を数枚発見する。
ブカブカの着古したダッフルコートはすっぽりとパジャマ姿を隠してくれていた。
駅前に24時間営業のファーストフード店があったはずだと、凛は足を速めた。
途端、かかとに力を入れすぎたのか、体重が後ろに移動した。
視界が雪の白から夜空の黒に変わり、尻餅を覚悟したのだが・・・いつまでたってもお尻に痛みは襲ってこなかった。
代わりに二の腕をグイと掴まれる感触。
背中に感じる硬い・・・何か・・・・・・








「危ないぞ、凛」
振り向かなくても誰だかわかる、優しい声。
「隆弘さん・・・」
振り向こうとしたのに、そのまま後ろから抱きしめられ、拘束される。
「ごめん・・・」
弱々しげな声が凛の胸を突く。
いつも堂々としている隆弘にこんなことを言わせているのは自分だと、凛は自分を責めずにはいられない。

ただの歳の離れた友人として接していた頃は、隆弘はいつも笑っていた。
隆弘の悲しそうな表情を見たのはたった一度だけ。凛が施設出身であることを告白した時だけだ。

「凛、これ・・・」
凛の胸の前で交差している隆弘の手に見覚えのある銀色を物体を見つけて、凛は慌てた。
「た、隆弘さん、それっ―――」
「これ、もちろんおれに・・・だよな」
凛を後ろから抱きしめたまま、隆弘は器用に銀紙を開けた。
これはまさしく凛がこのチョコレートを考え出すときに想像したシチュエーションだ。
みんながみんな、お皿とフォークのある場所でチョコを渡すとは限らない。いつどこででも簡単に食べれるようにと、指先でつまんで簡単に食べられる体裁のチョコを選んだのだった。
しかし、現実はそうかっこよくはいかない。
チョコレートの強い香りとともに現れたのは、無残にも溶けかかったトリュフ。丸型が見事に崩れていた。
そういえば、ホットカーペットの上に袋を置いておいたような気がすると、凛は恥ずかしさに真っ赤になったが、フードをすっぽり被っているため、隆弘にはそれがわからなかった。
「ああっ・・・」
隆弘の落胆の声に、凛の恥ずかしさはピークに達した。
隆弘の大きな手のひらの上に乗せられていた銀紙を掴むとぐしゃりと丸めてポケットに詰め込んだ。

隆弘の部屋で見た、たとえ義理チョコだとしても色とりどりのラッピングを施されたかわいらしいチョコレートや、いかにも本命ですと言わんばかりの豪華なチョコレート。
それに比べて自分のチョコレートは・・・・・・
悔しいなんて思いもしなかった。
ホットカーペットの上に放置したのは失敗だったが、それ以前に負けているのだ、こんなみすぼらしいチョコレートは。

それでもそれが自分にお似合いのようで、凛はあきらめがついた。
拘束が弱くなった隆弘の腕から逃れると、そのまま凛は雪道を歩き始めた。
消えてしまいたいと思った。
雪のように溶けてなくなってしまいたいと思った。

凛の体温のせいで、ポケットの中でドロドロに溶け始めたチョコレートが羨ましかった。















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