christmas serenade







第十ニ話






「凛っ」
案の定隆弘が追いかけてくる。凛が何も言わないのだからわけがわからないのだろう。
ポケットに突っ込んだ腕を引かれた。
「どこ行くんだ?さ、一緒に帰ろう。おれが悪かったから」
「だから、隆弘さんは悪くないってば!」
思った以上に大きな声がシンと静まり返った夜道に響いて、凛は驚いて立ち止まった。
「凛・・・・・」
いくら呼ばれても隆弘の顔を見ることはできなかった。背を向けたまま凛は道に積もった雪に話しかけるように口を開いた。








「ごめんね。全部おれが悪いんだ」
覗き込もうとする隆弘から顔を背けて続けた。
「おれ・・・隆弘さんには似合わないよ」
「り―――」
「隆弘さんには、あんな素敵なチョコレートをくれる素敵な女の人がぴったりなんだと思う。おれなんて・・・隆弘さんに何もしてあげられない。チョコレートだって・・・あん・・・な・・・・・・」








絶対泣かないと決めていた。そう決めたのは母親に捨てられた時。涙なんて誰にも絶対に見せないと誓った。
世の中泣いたってどうにもならないことだらけなんだと知ったから。
だから、どんなに苛められても蔑まれても、凛は涙ひとつこぼさなかった。逆にそれが癪にさわるとさらに酷い扱いを受けたこともあるが、それでも絶対に泣かなかった。
泣いたら負けだと、屈したことになると、頑なに耐えてきた。

それなのに今、堪えても堪えきれない雫が頬を伝う。
涙を拭おうとして躊躇った。
さっき両手でチョコレートをぐしゃりと握りつぶしたから手はチョコレートまみれだ。

仕方なく肩で拭おうとした時だった。
頬に暖かくて柔らかい何かが押し当てられ、涙の後を辿ってゆく。
肌に熱い吐息が吹きかけられた。

ゆっくり瞼を開けると、すぐそこに隆弘の顔。
いつも見上げる顔が同じ視点で笑いかけていた。

「凛はもうおれが嫌になった?さっきキツイこと言ったからムカついて嫌いになった?」
凛は慌てて首を横に振る。
嫌いになんてなれるはずがない。好きで堪らないから、隆弘に申し訳なく思うのだ。

「だったらもう絶対そんなこと言うな。それとも凛はおれの気持ちなんでどうでもいいのか?」
「隆弘さん・・・」
「そうだろ?おれにはオンナのほうがぴったりだ、自分はダメだなんて、それは凛の勝手な思い込みじゃないか。おれは、凛がいい」
瞳の中に入り込むように、じっとまっすぐ凛を見つめて、この言葉を繰り返してくれる。
「おれは誰よりも何よりも凛がいい。凛でないと嫌だ。凛しかいらない」
魔法のような言葉が凛の不安をどこかに追いやってゆく。








ずっと会えなくて寂しかった。
毎日好きだと言ってくれたけれど、言葉だけでは不安でたまらなかった。

だけど、会いたいと言えない自分がもどかしくて。
どんどん卑屈になってゆく自分を止められなかった。

きっと自覚している以上に、自分は傲慢で独占欲が強い人間なのだと、凛は思った。
そしてそれは、隆弘を好きだという気持ちの表れなんだと。
凛の心にドクドクと注ぎ込まれる隆弘の言葉が、凛の卑屈な心を溶かしてくれる。
そばにいていいんだよと、優しく教えてくれる。

「さっきは凛に嫌な思いさせてごめんな。とにかく帰ろう」
隆弘が凛の手をポケットから引き出そうとするのに、凛は抗う。
「凛・・・?」
「ご、ごめん。手はちょっと・・・・・・」
隆弘は一瞬考えるそぶりを見せたが思い当たったのだろう、手首を掴むと強引にポケットから引っ張り出した。
手と一緒に出てきたのは、すっかり小さく丸め込まれた銀紙と、チョコレート色に染まった手のひら。
冷たい夜気に触れた手のひらを凛が隠そうとするのを、隆弘はきつく手首を握って阻止した。
「た、隆弘さ、な、何する―――」
なんと隆弘は、凛の手を口元に運ぶと、チョコレートで汚れた指を口に含んだのだ。
「や、やめ、き、汚いからっ」
抵抗したいのに、柔らかな舌先を指に絡められると、力が抜けるようにおかしな気分になる。
キスされているような感覚に襲われて、凛はいつのまにかされるがままになっていた。
指の指の間を舌先でくすぐられると言いようのない高揚感に包まれ、舐められた部分が空気に触れるとひんやりした。
「おいしい・・・」
両手ともすっかりチョコレートを拭い終わると、隆弘が満足そうに笑いかけた。
「また作ってくれる?」
「隆弘さん・・・」
「作ってくれるだろ?」
念押しされて、凛は小さく笑って頷いた。
「うん。今度はもっとおいしいのを作るよ」
今度はオーナーにオーブンを借りてブラウニーも焼こうと凛は心に決めた。
「さ、帰ろう」
いつしか止んでしまった雪道を、隆弘に肩をすっぽり抱かれながら、マンションへと引き返した。
















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