christmas serenade







第八話






「うまいだろ?」
「はいっ、すごくおいしい!」
実は凛はすき焼きなるものを食べるのが初めてだった。
もちろん施設でそんな豪勢な食事が出るわけもなく、大げさに言えば雲の上の食べ物だった。

食事の支度をすれば手際がいいのはいつも凛なのに、鍋や焼肉などは隆弘のほうが断然に手馴れていた。
どう手伝っていいのかもわからずすき焼きが出来上がっていく様を物珍しげに見ていると、隆弘が「もしかして初めて?」って聞いてくるから、凛は恥ずかしかったが正直に頷いた。
隆弘には自分の過去も全部知って欲しいから。

「肉食え、肉!」
どんどん器に取ってくれる。
最初はせっかくおいしそうに味が染みこんでいる具を生卵にくぐらすなんて、味が変にならないのかと疑心暗鬼だったけれど、まろやかになって飽きないんだと隆弘に言いくるめられておそるおそるそうしてみると、舌がとろけそうにおいしかった。
凛は、器をおいて茶碗と手に取る。
いつも座る場所に自然とおかれていた茶碗と湯のみ。
まるでずっと前からそこにあったかのように食卓に馴染んでいた。

『それ、凛のな』
たった一言で涙が出そうになった。
ここにいていいよ、いつでも来ていいよ、と認めてもらえたようで・・・嬉しかった。

少し小ぶりで凛の手のひらにぴったりおさまり、まるで凛のために作られた茶碗のようだ。
視線を感じると目の前で隆弘が笑っている。
毎朝不機嫌そうに店に現れる隆弘は、滅多に笑顔を見せない人だ。
凛とは全く正反対の人。

だからこそ、笑顔を見せられるとドキリとする。
隆弘との出会いがそうであったように・・・・・・









ふたりで全てを平らげて、隆弘が風呂を使っている間に凛が後片付けを引き受けた。
全て洗い終えて、リビングに戻ると、ふと隅っこに置かれていた紙袋に目がいった。
不安定に倒れそうになっていたから直そうとそばによると、否が応でも中味が見えてしまった。
そこには綺麗にラッピングがほどこされたたくさんの箱が入っていた。どう見てもチョコレートだ。
隆弘は誰の目から見てもかっこいいと思う。
男である凛がそう思うくらいなんだから、女性にはたまらなく魅力的だろう。
だからモテるのは当たり前だと割り切っているし、今日だってたくさんチョコレートを貰うことなんてわかりきっていることだ。

だけど、やっぱり目の当たりに見てしまうと、気持ちのいいものではない。
隆弘は、今は凛を好きだと言ってくれているし、さっきだってキスをくれた。
でも、こんなにたくさんアプローチを受けるくらいなら、いつ心変わりしてもおかしくない。
凛には会社勤めの経験がないから、社内での義理チョコは行事のようなものだという概念がなかった。
不安な気持ちを隠すように、その紙袋の口をギュッと丸めると奥へと押しやった。
そのとき、ピンポーン、と玄関の呼び出し音が鳴った。
隆弘がいないときにそんなことは初めてで、気になってドアに近づきドアスコープからのぞいて見ても誰もいなかった。
そういえば雪はまだ降ってるのだろうかと、それも気になってドアを開けると、何かが擦れたような音がした。
不思議に思って隙間から外を覗きこむと、そこに紙袋を発見した。チョコレートについて研究していた時に知った有名チョコレート店のロゴが入った袋の中身がなんであるか一目瞭然だ。
気付かないふりして放っておけばいいという気持ちと、わざわざ自宅まで届けに来たんだからよっぽどのことなんだろうと思う気持ちが凛の小さな心の中で葛藤する。
凛は隆弘が好き。
だけど、このチョコの贈り主も隆弘が好き。
その気持ちは同じなんだと思うと、凛はそのまま放置するなんでできず、紙袋を手に取ると部屋に戻った。

隆弘のためにと凛が用意できたチョコレートは、簡単なトリュフだけだった。
チーズケーキが評判だから、チョコレートチーズケーキに挑戦したかったのだが、今回の初の大仕事で手一杯となりチャレンジする時間もなく、それなら今回提案したブラウニーをと思ったのだが、それを焼くオーブンを凛が持っているわけもなく、結局一番簡単に家で作れるトリュフオンリーになってしまったのだ。
凛は初めてのオリジナルである粒あん入りブラウニーを心を込めて仕上げた。これを買ってくれた人もこれを食べる見知らぬ人も、幸せになって欲しいと、思いが伝わるようにと願いを込めた。
同じように、今日隆弘に渡す予定のチョコにも凛の気持ちが込められている。
だけど、有名チョコレート店のロゴを目の前にすると、急いでいて銀紙に包んだだけのトリュフを隆弘に渡す勇気なんて恥ずかしさのあまりどっかに吹き飛んでしまった。
どんな女性か知らないけれど、このチョコが似合いそうな素敵な人なんだろうなと想像できる。
それに比べて凛が用意したのは、銀紙に包まれた何の飾りもない、ただの丸いチョコレート。
あまりに自分にぴったりすぎておかしささえこみ上げてきた。
そして、早まって渡さなくて良かったと思った。

マンションの廊下から見えた向かいの一軒家の屋根には、うっすら雪が積もっていた。















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