christmas serenade







第七話






「よくあったまってきたか」
風呂から出てリビングに行くと、すぐに隆弘に声をかけられた。
「う、うん。お先でした」
この部屋には幾度となく訪れているけれど、風呂を借りたのは初めてだし、何よりもパジャマ姿を隆弘に見られるのが恥ずかしい。おまけに、来ているのは隆弘のパジャマなのだ。
なぜパジャマなんだろうという疑問が頭を過ぎったが、そんなことを聞く勇気なんて凛にはない。



これは泊まっていけという隆弘からのメッセージなんだろうか・・・?




いつもの勝手が違ってどうしていいかわからずその場に突っ立っていると、隆弘が立ち上がり近づいてきた。
背の高い隆弘を見上げると、手のひらで頬を包み込まれた。
「よし。ホカホカだ。合格合格」
どうやら早風呂だった凛がきちんとあたたまってきたか確かめたかったようだ。
久しぶりにゆっくり眺める隆弘は、変わりなくかっこよくて、強い眼差しで見つめられただけで鼓動が高鳴る。
頬から伝わるぬくもりも、ずっとずっと凛が欲しかったものだ。
隆弘の視線もぬくもりも、一度に享受してしまうのが勿体無く思えて、凛は視線をさりげなく外した。
「凛、髪乾かしてないのか?ドライヤー置いてあったろ?」
「え?うん。おれ、いつも使わないから」
無駄なものだとは思わないけれど、自然乾燥できるのだからどうしても必要なものじゃないと凛はドライヤーを持っていない。
「けど、風邪引くだろ?」
「大丈夫。それに隆弘さんの部屋、おれん家よりあったかいし、すぐ乾くと思うよ」
「ダメだ。ちょっと待ってろ」
隆弘は洗面所からドライヤーを持ってくると、凛をリビングの隣の部屋へと引っ張っていく。
そこは、まだ凛が入ったことのない部屋だ。
「ここ座って」
促されたのはベッドの上。ベージュのカバーがかけられたベッドはきれいにメイキングされていて、座るのを躊躇わせる。
「だけど、シワになるし―――」
「どうせ今夜寝たらぐちゃぐちゃになるんだから遠慮するな」
今夜・・・寝たら・・・ぐちゃぐちゃ・・・・・・
別に隆弘は意味があって言っているのではない。それはわかりすぎるほどわかっているのにあらぬことを考えてしまう。
凛は自分の顔がドカンと赤くなったのを自覚した。
そしてそれに隆弘も気付いたのだろう。
「あ、ホントはもひとつ書斎みたいな部屋があるんだけど、そっちは全く片付いていないんだ。ハハハ・・・」
渇いた笑い声が寝室に響く。
「じ、じゃあ失礼します」
その場を取り付くように凛はベッドに腰掛けた。
隆弘が慌ててドライヤーの電源を入れると、ブウォ〜と音をたてて熱風が吹き出す。
冷たくなっていた髪に熱風があたるととても気持ちよく、凛は目を閉じた。
隆弘の指にわさわさと髪をまさぐられると、うっとりしてしまう。
目を閉じていると神経が研ぎ澄まされ、隆弘が動くたびにドキドキしてしまう。
身体は触れ合っていないのに、空気が隆弘の体温を凛に伝えてくれる。

施設にいるときには、カットの上手な先生に任せていた。
施設を出てからは、自分でカットしている。自分より小さな子供のカットをしていたから手馴れたもので、美容師をめざそうかと思ったくらい自信はあった。
ただ、人の髪をカットするのと自分の髪をカットするのは勝手が違うから、少しばかり失敗してもわからないように長めにしている。
誰かの手で髪を乾かしてもらうなんて初めての経験だった。
こんな心地いいことだなんて知らなかった。
だけど、きっと隆弘だからだ。
隆弘にしてもらうから気持ちいいのだ。

「凛の髪は黒くて艶やかだな。真っ直ぐだし細くて柔らかい。ほら、できた」
ドライヤーの音が鳴り止むと、一瞬にして静けさに包まれる。
もう終わったんだと少し残念に思いながらも、凛は確かめるように髪を撫でる隆弘の手の感触を楽しんでいた。
「ありがとう」
閉じていた目を開けようとして、すぐそこに隆弘の気配を感じた瞬間、くちびるを重ねられていた。
それはチュッと音をたててすぐに離れていき、凛は「あっ・・・」と咄嗟に声をあげた。
「なに?物足りない?」
ギシッとベッドが揺れて、隆弘が隣りに腰掛けたのがわかった。
ゆっくり目を開けると、隆弘がニヤニヤと笑みを浮かべて凛の様子をうかがっていた。
「そ、そんなこと・・・」
ない、と言いたいけれど、実はそんなことあるのだ。
キスの味なんて隆弘としか知らないし、その隆弘とだってまだそんなに交わしていない・・・と思う。
世間一般の恋人同士がどれくらいの頻度でキスするのか知らないけど。
たくさん経験したわけではない。
でも凛は隆弘とのキスが好きだった。
何だかとても重要なことに思えた。

くちびるとくちびるをくっつけあうだけで、とても愛されていると感じるのはどうしてなんだろう。
「凛・・・」
見上げると同時に抱き寄せられて交わすキスは、背中から肩に上がってきた隆弘の腕に後頭部を拘束され、指先で頬をゆるりと撫でられるオプションつきだった。
そのままベッドに押し倒された瞬間、凛が悲鳴をあげた。
「いったぁ〜」
ムードぶち壊しのその声に隆弘もハッと我に返ったようで、凛から離れる。
「凛?」
隆弘が心配そうに凛を覗きこむと、凛はゆっくり起き上がった。
「背中になんか・・・あっ」
それは、隆弘が放りっぱなしにしておいたドライヤーだった。
「こ、壊れてないかな?大丈夫かな?」
すぐにドライヤーを手に取ると、カチカチスイッチを触ってみる。
「だ、だめだ。つかない。おれ、踏んづけちゃった・・・」
「凛。コンセント入ってないから。それにそんなことで壊れないって。もし壊れてたっておれが押し倒したからだろ?」
隆弘は立ち上がると、凛の手を取った。
「ベッドがあるとどうもダメだ。凛、先にメシ食おう」
「そ、そうだね・・・」
隆弘はいたって平気な顔をしているけれど、凛は一転した雰囲気についていけなくて、戸惑いながらも立ちあがる。
くちびるにはまだ隆弘のしっとりした感触が残っていて、凛が隆弘の後ろでそっとそのくちびるを指で撫でた。

















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