christmas serenade







第五話






「なんだこりゃ?」
昨日、大役を仰せつかって口説き落とした大手と正式契約を取り交わし、そのままその取引先との接待になだれ込んだため書類作成が出来ぬまま帰宅した隆弘が、少しばかり書類整理をしておこうと休日返上で出勤すれば、デスクの上には色とりどりの紙袋やラッピングされた小さな箱がたんまり積まれていた。
ひとつを取り上げ匂いでみると、甘い香りが鼻孔を掠める。





チョコレート・・・?





「あっ」
だれもいないオフィスに、隆弘の大きめの独り言が響く。
「バレンタインデーか・・・・・・」
隆弘と背中合わせにデスクを持つ女子社員のカレンダーには、きちんと大きな赤丸で今日の日が印づけられていた。
隆弘は人並み以上に女性の気を惹くことができるルックスを持っていると自負している。
だが、昔からさほど本気で好きになった女性もいなければ、その冷たそうな雰囲気からも、隆弘にあからさまにアタックしてくるのは自分に自信のある気の強い女性ばかりで、だいたいはこうやってバレンタインデーにかこつけてチョコを贈られることが多かった。
もちろん、誰も面と向かって隆弘に渡すほどの自信もないようで、学生のころから机にこっそり置かれていたり郵送されてきたりで、誰も隆弘の返事を期待していないようだった。

数だけはたくさん貰うけれど、本命チョコとは名ばかりの義理チョコじゃないかと、友人にからかわれることも多かった。
学生時代は貰いっぱなしでも問題なかったが、社会人となってからはそうもいかない。特に会社の女性にはホワイトデーにお返ししないととんでもないことになる。
全くもっていい迷惑だ。しかも3倍返しが基本。
万が一お返しを忘れようものなら、会社で仕事がやりづらくなるのは必至だ。
何だかんだいっても、根底で会社を動かしているのは女子社員であることを早くから察している隆弘は、彼女たちを上手に使って、自らの実績をも上げてきたのだ。

男尊女卑の考えは持ち合わせてはいないし、男女雇用均等法も理解しているから、女子社員の活躍は大いに賛成するところである。しかしながら、この会社でもまだまだ女子社員の地位は低く、事務雑務に甘んじているのが事実だ。
だからといって彼女たちを邪険にあつかうことは会社における自分の居場所をなくすことになるのだということが、男性社員の中での暗黙の了解となっていた。
それはさすがの隆弘も避けておきたいところだ。

今年は休日に当たるから、おそらく昨日女子社員が配り歩いたのだろう。昨年より数が多いように思えるのは、隆弘のいない間に、あまり交流のない課の社員たちも置いて行ったからに違いない。
「あ〜もうめんどくせえな」
どうせ食べないのだ。
荷物になるだけだから捨てて帰りたいが、誰からのチョコなのかチェックしないとお返しもできない。
仕方なく、大きな紙袋にザサザと詰め込みデスクを片すと、パソコンを立ち上げた。

グルグル起動し始めたパソコンの画面を眺めながら、今日の凛との約束のことを考える。
もしかして、バレンタインデーだから、おれを誘ってくれたのだろうか。
パァ〜ッと隆弘の心が晴れ上がる。





実は隆弘は少しばかり悩んでいた。
恋人と会えなくて寂しそうな凛も見たくはないけれど、会えないのに生き生きと張り切って働いている凛を毎日眺めていると、自分の存在は凛にとってそれほど大きくはないのだろうかと、不安めいた気持ちに支配されそうになるのだ。
もともと仕事は好きな隆弘であったが、凛に出会ってからはますます気合いが入っている。
凛には仕事ができるカッコイイ男だと思われたい。
頼りがいのある大人の男と思われたいのだ。

隆弘が仕事の話をすると、凛は一生懸命聞いてくれる。
おそらく理解できない専門用語もあるだろうに、それでも目を輝かせて聞いてくれる。

そして隆弘に言うのだ、『スゴイ』と。
その言葉を聞きたくて、隆弘はさらに仕事に精を出した。
もちろん、凛と過ごす時間も大切にした上でのことだ。

こんなに会えない時間が続くなんて初めてのことだった。
まだ恋人同士になって1ヶ月と少し。蜜月はこれからなのだ。
まさか、この短い間に感心のなくなるほど、凛の隆弘への思いが軽いものだとは信じていないが、それでも会えない時間は人を不安にさせるものなのだ。
「なんだよ・・・そうなのかよ」
自然と笑いが漏れる。
もし誰かに見られていたら気持ち悪がられるに違いない。
男のひとり笑いは不気味すぎる。
クリスマスイブの夜、凛の決死の誘いを断り、キスまでに留めたのは隆弘自身だ。
据え膳は絶対逃さないし、逃したこともない。
しかしあの時、キスも初めてだったのだろう、微かに震える身体をこの手に抱いた時、あまりに愛しくてどうしても先に進めなかったのだ。
「愛しすぎて抱けないなんてな・・・」
ひとり呟きフフフと笑いながらマウスを操る。
でも今日はもう我慢できないかもしれない。
紳士的な態度でいられる自信もない。

何せ、すっかりご無沙汰なのだ。
凛への気持ちが何なのかはっきりしない時は言い寄る女性を抱いてもみたが、気持ちを認めてからはすっかり右手のお世話になりっぱなしだ。
もちろん性欲だけではない。
相手が凛だから、抱きたいと思うのだ。

まさか同性に欲情するときがくるなんて。
全く人生ってやつはわからないものだ。

「さてと、そうと決まればとっとと済ませてしまわないと!」
いろいろ用意するものもあるしな・・・・・・
不埒な妄想をしながら、マウスをクリックして、隆弘は悲鳴を上げた。
「くっそ〜!!!」
間違えて削除してしまい終了のかかった画面を叩くこともできずに、怒りに任せて足元にあったゴミ箱を蹴ると、回収されていなかった紙くずが散らばり、ますます隆弘の手を煩わせただけだった。















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