christmas serenade







第四話






『隆弘さん、今週土曜日の夜は会えるかな・・・?』
日課となった凛へのラブコール中、凛の遠慮がちな声に隆弘の心はザワリと揺れた。
凛の方から会いたいと言われたのは初めてのことだ。
凛は自分の希望をあまり口に出さない。
出会って間もないころ―――まだ恋人同士ではなく、歳の離れた友人だったころ―――は、遠慮しているだけかと思っていたが、どうやらそれだけではないらしいと、隆弘は凛の生い立ちを知ってから考えるようになった。
凛は小さな頃からずっと施設で育ってきた。その過程において、ある程度の愛情を与えられて育ってきたことは、凛の話を聞いていると感じることができた。
つまり、凛は、同じような境遇の子供たちからすれば、かなり恵まれた環境の中にいたということになる。

だからといって、凛が幸せだったかといえば一概にはそうだとは言えないだろう。
与えられる愛情は、凛に対してだけではなく、すべての子供たちに、平等に与えられただろうから。
そんな環境の中では、自分の欲望や希望を口にすることは決して許されることはないと、聡い凛は理解していたに違いない。
もちろん凛の性格もあるだろうが、現在の凛を作り上げたのは、そういう育った環境も背景にあるはずだ。
凛の尊敬している施設の園長たちの愛情を否定するつもりはないが、園長と隆弘の愛情は全く違うものだ。
どちらがより深く凛を愛しているかという問題でもない。
そんな隆弘の愛情を、凛だって感じてわかってくれているはずだ。
凛には遠慮なく甘えてほしい、ワガママのひとつでも言ってほしいと、隆弘はいつでも思っている。
だから、普通の恋人同士なら当たり前の、こんな些細な誘いの文句に、隆弘の声は大いに弾んだ。
「土曜?なら大丈夫だよ。今週で契約も取りつけられそうだし、たとえ休日出勤しても夜なら問題ない」
そう答えながらも、いったい何なのだろうと心の揺れはおさまらない。
『じゃあ、おれが隆弘さんのマンションに行ってもいい?たぶん定時に終わると思うから・・・7時には行けると思う』
「わかった。それなら・・・久しぶりだしすき焼きでもするか?」
『そんな・・・』
遠慮がちな凛の返事に、隆弘は慌ててしまう。
「おれが食べたいんだって。つきあってくれよ。今回契約にこぎつけたから給料に色がつくんだよ。高級な国産和牛でも奮発するかな。楽しみにしといてくれよ?お腹すかせて来いよ?」
約束を取りつけるともう遅いからと電話を切った。








受話器を置いた途端に寂しさに襲われる。
今月に入ってから、まだ一度もゆっくり会っていない。
毎朝店に寄ってパンを買うけれど、接客に追われている凛に話しかけるタイミングすら見つけられず、ただの店員と客の関係に成り下がっていた。
初めて任された大口の取引も、頑張った甲斐があって今週中には契約できそうだ。
やっと残業から解放されるかと思うと、隆弘はゴロンと寝転んだ。
ここのところ、凛はとても生き生きしているように見えた。
凛は忙しくて隆弘を意識する暇はないだろうが、隆弘は毎朝しっかり凛を見つめている。
働き始めた当初から愛想のいい接客で客の受けも良かったし、慣れても初心を忘れることなく、親切な接客にテキパキした機敏さも加わり、すっかりベテラン店員のようだった。
それに加えてここ数日は、いつにも増して張り切っている様子がうかがえた。
何かいいことでもあったのだろうか。
毎日のラブコールの会話を思い起こしてみたけれど、特別報告されるようなことはなかった。
凛が担当してるチーズケーキがほぼ毎日完売することを嬉しそうに話す以外には・・・
凛からの誘いの意味を考えると少ししっくりこない面もあるが、とにかく、今週末には凛とゆっくり過ごすことが出来る。
一緒にメシ食って、買ったまま見ていないDVDを見て。
あの細いけれどしっかりした身体を抱きしめたい。
小さなくちびるにキスしたい。
そしてまだ触れたことのない肌に触れてみたい・・・・・・





泊まって行けといったら、凛は承知してくれるだろうか。





凛のことを思うと湧き上がる、自分で解放するにはあまりに侘しい身体の熱を持て余しながら、隆弘は目を閉じた。













戻る 次へ ノベルズ TOP TOP