christmas serenade







第ニ話






好意に甘えて本を持ち帰り、全ての家事を済ませてゆっくり本を読もうとしたときに、電話がなった。
『凛?』
電話にでるのは自分しかいないのに、隆弘は最初に凛の名前を呼ぶ。
甘い響きがくすぐったい。
「こんばんは」
ありきたりの挨拶しかできない自分に呆れつつも凛にはそれが精一杯だ。
実は、凛は電話が苦手だ。施設に居る頃は、電話なんて全く必要なかった。凛にかけてくる人なんていなければ凛がかける相手もいなかった。ひとり暮らしをすることになっても全く必要性を感じなかったのだが、学園長と店のオーナーに強く言われて設置することにした。
ベルが鳴ることはほとんどないけれど、凛は言われた通り電話を設置してよかったと思っている。
隆弘と付き合い初めてケータイを持つようになった。メールの操作も覚えた。
だけど、雑音のない、クリアな声が聞ける据え置き電話は、最近仕事が忙しくてゆっくり会えない隆弘との距離を縮めてくれる。

でも、嬉しい反面、何を話していいのかわからなくてオタオタするのも事実なのだ。
『もう寝るところだった?』
「ううん、まだ・・・・・・」
残業で夜の遅い隆弘は朝の早い凛をとても気遣ってくれるが、どんなに疲れていても電話をくれるから凛はベルが鳴るのを待っているのだ。
もともと休みの日がかちあうことは少なかったから、いつも夜に会っていた。
その夜に会えなくなって、もうどれくらい経ったのだろうか。
最近新商品として売り出されたベーグルサンドが大人気で、それでなくても混雑する朝の時間帯はとんでもなく忙しく、隆弘が店に寄ってくれても話す機会なんて少しもない。顔を見て微笑む時間でさえないのだ。








クリスマスイブの日、凛は神様から隆弘という素敵なプレゼントをもらった。
そしてその隆弘からは、暖かいマフラーと、恋人いうスタンスと、甘いキスをもらった。
クリスマスには一緒に鍋をつつき、大晦日には一緒に紅白を見て夜中に初詣に行った。
しかし、今年に入ってからは、片手で数えられるくらいしか、ゆっくり会っていない気がする。
もっと会いたいと思う。
もっと触れたいと思う。
もっと触れてほしいとも思う。

だけど、凛には言えない。
凛から隆弘の家に押しかけることも、電話をかけることもできない。

なぜなら隆弘が忙しいことを知っているから。
一度、3日ほど連絡がなくて、隆弘のマンションの前で待っていたことがある。隆弘が帰ってきたのはもうすぐ日付がかわろうかという時間だった。連絡がない3日間も、毎朝店を訪れていたから病気ではないことはわかっていたけれど、どうしても隆弘を訪ねずにいられなかったのだ。
マンションの植木の陰で蹲っていた凛は、疲労感漂う隆弘を見とめてすぐに帰ろうとしたのだが、逆に隆弘に見つかってしまった。
しかもそのまま自分のアパートまで送らせてしまったのだ。

確かに隆弘は疲れていたはずなのだ。なのに文句のひとつも言わず、会いにきてくれたことを嬉しいと喜び、もう遅いから送っていくと、さらなる体力を凛のために使ったのだ。
どうやら大きな取引があるらしく、その担当になった隆弘はかなりハードな毎日を送っているようだった。
それからだ。
隆弘が毎日電話をくれるようになったのは・・・・・・

どんなに遅くなっても疲れていても電話をくれる隆弘に、凛はやめて欲しいとは言えない。
それが自分のわがままだとわかっていても、もう電話しなくてもいいよなんて、とても言えない。
だって、その電話は、隆弘の声は、凛のパワーの源だから。
会えないけれど大好きな人の存在を感じることができる唯一の手段なのだから。
どんなに遅くても、どんなに短くてもいい。隆弘が都合のいい時でいい。そのためならいつまでだって起きていられる。
そのかわり、自分からは隆弘の時間を奪うことはしない。そう決めたのだ。
「毎日電話ありがとう」
『礼なんていらないよ。おれがしたいからしてるだけだ。それよりいつも遅い時間でゴメンな』
「ううん。全然。声聞けるだけれ嬉しいし・・・」
そう言ってからひとりで赤くなる。
電話は苦手だけど、こういうときは顔が見えなくていいかもしれないと凛は思った。
「隆弘さん、仕事はどう?順調?」
変な沈黙が気まずくて、慌てて話題を変えた。
『いたって順調かな?今月の中頃にはカタがつきそうだから・・・そしたらゆっくり会える。凛は?』
「おれ?おれは・・・あっそうだ!」
今日は嬉しいニュースがあったのだ。これを隆弘に伝えないなんて!
「あのね―――」
『なに?』
言いかけて凛は口を噤んだ。
「あ・・・あっ、チ、チーズケーキ、今日も完売だったんだよ」
話題をすり替えた。
『すごいじゃないか!』
隆弘の言葉に相槌を打ちながら凛は考えていた。








バレンタインデー。
チョコレートと共に好きな人にその想いを堂々と伝えることができる日だ。

世間では女性が男性に告白するのがパターンだけど・・・・・・
おやすみの挨拶を最後に電話を切ると、凛は借りてきた本に目を走らせた。











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