christmas serenade







第一話






「今日もチーズケーキ完売よ?」
レジの集計していた手を止めて、オーナー夫人の優しい声に凛は笑顔で応えた。
「ありがとうございます」
「あら、お礼を言うのはこっちでしょ?売上が増えてるんだから」
コロコロと楽しそうに笑いながら、夫人は厨房へと消えた。
クリスマスイブの日、隆弘のために作ったチーズケーキを、翌日レシピを教わったオーナー夫妻にも食べてもらった。
初めて作ったそれは夫妻の賞賛を浴び、スイーツのコーナーに並ぶことになったのだ。
いくら味がよくても店頭に並べるのはまだ早いと渋るオーナーを、そんなことは客に聞けば一番良くわかるとゴリ押ししたのはオーナー夫人。
そして今年になってから、スイーツコーナーに凛の作ったレアチーズケーキがショーケースに並ぶようになったのだ。
もちろん今までの仕事は変わりなく凛の仕事だ。
パン調理の補助をしながらパン作りを学び、接客もこなす。その合間を見てケーキの仕込みをし、午後のお茶の時間に間に合うように店頭に並べる。
作るのはワンホールだけ。
切り分ければほんの数切れだし、並ぶのは昼過ぎからの短い時間だけれど売れ残ったことは今までに一度もない。

それでも凛は、おいしいから完売するのだとはとうてい思えなった。オーナー夫妻が味を認めてくれたからこんなチャンスをもらえたのは確かだし、売り物にならにようなモノを店頭に並べるような甘い人ではないこともわかっている。
だけど、おいしいからといって全てがうまくいくわけではない。この店のパンだってどれをとってもおいしいのに、それでも売れ残るのだから。
凛が作っているからという理由で一緒に並んでいるスイーツよりも少し値段設定が低いこと、売り出す数が少ないこと、そしてチーズケーキの需要が多いこと、それらの要因が重なって完売するのだと、凛は思っていた。
でも、やはり嬉しいものは嬉しい。
この店に就職して1年に満たない間に、自分の作ったものが店頭に並ぶなんて予想もしていなかったから。
まだパンの種は触らせてもらえないけれど、少しずつ夢に向かって進んでいるようで、とても充実した毎日を送っている。
「鈴村くん」
仕事とプライベートをしっかり区別するオーナーは、就業時間中はのことを苗字で呼ぶ。
「はいっ」
元気良く返事をすると、レジの電源を切り売り上げと釣銭を入れた袋を手にとると、厨房へと向かった。










「今相談したのだけど、もうすぐバレンタインデーじゃない?」
夫人がニコニコと問いかける。
そういえば今日から2月。凛は厨房に貼られたカレンダーを見やった。
「でね、今年はバレンタインスイーツの予約を受け付けようと思うの。あくまでうちはパンがメインだから、だいたい限定で20個くらいの受注になると思うのだけど・・・それを凛くんに任せようと思って」
「えっ・・・・・・?」
任せるって・・・?おれに・・・?
突然の申し出に凛は絶句した。
「昔は誰も彼もがチョコレートを贈ったけれど、最近の若い人たちはそうでもないじゃない?もちろんベースはチョコレートだけれど、それにこだわらなくてもいいかなって。ケーキでもクッキーでもムースでも、とにかく甘さを感じるものなら何でもね。ほら、恋ってアマ〜イものだから」
フフフと楽しそうに笑う夫人の前で凛は戸惑っていた。
そしてすぐにオーナーを見る。オーナーは何も言わないが、凛がこうやってケーキを作ることになったのも、ほぼ夫人の強引と言ってもいいほどの後押しがあったからで、オーナーには認めてもらえていないと思っている。
あのチーズケーキを食べておいしいと褒めてくれたのも、プライベートのことであって、それを仕事と混同することになったことを快く思っていないことは、痛いほど感じられたから。
オーナーと視線が合った。普通ならいたたまれずに自分から視線を外すところだが、凛はそうしなかった。
なぜなら、凛はその仕事をやりたかったからだ。
ふと、隆弘の熱い言葉が頭に浮かぶ。
隆弘は仕事に情熱を注いでいる。そしてそんな隆弘を凛は尊敬しているしかっこいいと思う。
仕事のことを話して聞かせてくれる隆弘は『チャンス』という言葉を多用する。
仕事ができるできないは個人の持つ能力の他に、いかにチャンスを活かせるかなんだと、たまに弱音を吐いてしまう凛を励ましてくれる。
だから凛はこれをチャンスだと思った。
オーナーの強い視線が凛の双眸を捕らえるが、それでも凛は逃げない。
やってみたいと、強い意志を視線に乗せて訴えた。
お願いします、そういいかけた時だった。
「それじゃあ、3日以内にどういう商品にするのか、レシピ提出して。それから沙絵、予約受け付けのチラシ作って。限定20個、バレンタインチョコスイーツとだけ記載して、どういう商品になるかは後日の発表ということにして」
オーナーはそれだけ言うと「お疲れ」と言い残して、店舗に併設された住居に戻って行った。
「鈴村くん、控え室においてある本は自由に持って帰ってくれていいから」
「あの・・・・・・」
オーナーの厳しい表情に恐縮してしまった凛に夫人が優しく声をかけた。
「大丈夫!オーナー、あれでも鈴村くんにはとっても期待してるのよ?頑張って!」
「はいっ」
ガバッと頭を下げると、夫人は満足そうに笑った。











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