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その8
啓人は陽人の無言をどう解釈したのだろう。
無言は肯定の意味を持つと言うけれど、啓人はどの部分を肯定したのだろう。
陽人もゲイだということだけ?
それとも陽人が幸太郎に好意を持っていることも?
恋愛対象が同性に限られる性癖であることは、言い出すタイミングを逸していただけで隠し通すつもりはなかったからかまわないのだが、幸太郎への恋心だけは、絶対に知られたくない、知られてはいけないことだ。
どうしてあの時、すぐに否定しなかったのだろうと、陽人は悔やんでも悔やみきれない。
それより、啓人がもっと深く追求してくれば、陽人にもそれなりの対応ができたかもしれなかったのに、どういうわけか啓人も黙り込んでしまったのだ。
陽人にとって啓人はいつでも笑っていて欲しい存在なのだ。
たくさんの人に囲まれて、たくさんの人に愛されて、その存在をアピールする啓人を見ていることが陽人にとっても幸せなのだ。
全く同じ容姿を持つ人間が、ふたりとも愛されるなんて無駄で無意味なことだ。
どちらかひとりで十分だ。
そしてそれは陽人ではなく啓人であると、陽人も納得していたし、周りの人間もそう振舞ってきた。
陽人にとって啓人は、兄弟であり、親友であり、尊敬の対象であり、何よりも分身であるのだ。
どうしよう・・・・・・
明日の朝、どんな顔をして会えば良いのだろう。
啓人は顔をあわせてくれるだろうか。
口を利いてくれるだろうか。
そんなことをぐるぐる考えて眠れなかった陽人を尻目に、翌日からも啓人の態度に変化はなかった。
まるで何もなかったかのように、その話題に触れもしない。
予定通りの家庭教師の時間も、普段と何一つ変わらなかった。
しかし、時折強い視線を感じ、ふとその方向へ視線を向けると、啓人がじっと陽人と見ていた。
その探るような視線は、陽人の押し隠した恋情をちくちく突付き、陽人は幸太郎と口を利くことができなくなった。
問題集にペンを走らせながら説明する幸太郎を盗み見ることだけでもとても嬉しくて、同じ時を過ごすことができる幸せな時間だったのが、息をするのも苦しい地獄の時間へと変わってしまった。
具合でも悪いのかと、幸太郎が心配そうに陽人を覗きこむたびに、その場所から逃げ出したくなった。
事実、逃げ出せばよかったのだ。
だが、そうすれば幸太郎への恋心を認めたことになるのではないかと、陽人は夏バテを理由に平然さを装った。
*** *** ***
「ダ、ダブルデート?」
「そんな驚くことでもないだろ?」
珍しく大きな声をあげた陽人とは逆で、啓人は楽しそうな口調だ。
ひさしぶりに陽人の部屋にやってきた啓人は、定位置に座り込むなりとんでもない提案をしてきたのだ。
「とは言っても、もちろん受験勉強の合間にだよ!」
「そ、そういう問題じゃなくって!デ、デートって・・・・・・」
「だからぁ、たまには息抜きだって必要だろ?根つめて勉強したってロクなことないって!」
うろたえる陽人を尻目に、啓人は楽しそうな口ぶりで、買ってきたばかりのタウン情報誌を捲り始めた。
啓人は一体何を考えているのだろう。
陽人だって受験勉強一本やりなわけではない。外の空気を吸って思いっきりリラックスすることも大事だと思っている。
ただ、兄弟でも、双子でも、高校に入学してからはたまに一緒にショッピングに出るくらいで、特別こんな風に誘われることは多くはなかった。
啓人にはいつだって友人に囲まれていたし、陽人にはバイオリンのレッスンがあった。
啓人が幸太郎と知り合い、付き合うようになってからはその機会もほとんど無くなっていた。
それなのにどうして3年という受験学年に、しかもダブルデートって・・・・・・
困惑して黙り込む陽人に、啓人はさりげなく語気を強める。
「あのさ、デートっていっても、男4人で出かけようってだけだよ?コウちゃんとおれとアキ。それと、コウちゃんの大学の友達で親友の・・・ほら、一度陽人も見かけたことあるだろ?杉島さんってちょっとカッコいい人」
「杉島さん・・・・・・」
確かに一度見かけたことはある。以前本屋で偶然幸太郎に出会ったとき、幸太郎と一緒にいた、背の高い、精悍だけれど少し冷たそうな感じの男性だった。優しげな風貌の幸太郎とは正反対のタイプだと感じたのを覚えている。後にも先にもそのときに一度会っただけだし、しかも、陽人の苦手なタイプ。表情の曇る陽人におかまいなしで、啓人は話を続けた。
「杉島さんってさ、おれたちと同じなんだって」
「同じって・・・?」
「男の人を、つまり同性を恋愛対象にする人だってこと」
啓人があまりにさらりと言うものだから、陽人は一瞬驚くのを忘れてしまった。
「え・・・・・・・エッ?」
「陽人、ここ、もっと驚くところなんだけど・・・?」
陽人の反応をうかがいながら、啓人がくすくすと笑う。
今日の啓人は何かいいことがあったのか、すこぶる機嫌がよかった。
「驚いてるよ!驚いてるけど!あんまりさらっと言うからさ・・・・・・」
「コウちゃんもさ、驚くほどさらりと告白されたんだって。高校時代からの付き合いらしんだけどさ。さすがに最初は驚いたんだけど、杉島さんの方があまりに変わらないもんだから、コウちゃんも瑣末なことに思えてきたみたいでさ。今じゃ一番の親友なんだって。だからかなぁ、おれの気持ちを受け入れてくれたの」
「・・・・・・かもしれないね」
陽人が同意すると、啓人は恥ずかしそうに笑みを浮かべた。
「それでさ、コウちゃんもおれとのこと、いろいろ相談とかしてるみたいでさ。それでおれとコウちゃんがデートしてると割り込んでくるんだよ、たま〜に。杉島さん、今彼氏いないみたいで、ヒマだとかなんとか言って。こないだもさ、コウちゃん家に遊びに行ったら勝手に加わってくるし。だからオレ言ってやったんだよ。『おれのアニキ紹介してやる』って」
「そ、そんな勝手に・・・」
陽人は啓人に「彼氏が欲しい」なんて言ったことはない。それなのに、勝手に杉島の彼氏候補にされるなんてたまったもんじゃなかった。
自分の気持ちをごまかすために、啓人と幸太郎のことを羨ましがる素振りは見せたかもしれないが。
それよりも、陽人には確認しておかなければならないことがあった。
「ヒロ、その話してる時って幸太郎さんも一緒だったんだよな?もしかして幸太郎さん、お、おれのこと・・・・・・」
「陽人もゲイってこと、知ってるに決まってんじゃんか。おれたち双子なのに」
双子だからって、すべての双子が性的嗜好まで同じとは限らないではないかと思う。しかし、啓人の口ぶりからすると、どうやら啓人は幸太郎に話してしまったようだ。
陽人は絶句した。もしかしたら顔色も変わっていたかもしれない。
幸太郎が陽人の恋愛対象が同性に限られると知っているならば、もしや幸太郎への秘めた気持ちがバレていやしないかと、思いもしない不安が顔を出す。
もし自分の思いに、幸太郎が気づいていたら・・・・・・
「そういう経緯でダブルデートすることになったんだよ」
「でも、おれは」
「おれたちみたいなヤツらには、そうそう出会いなんてないんだぜ?それこそそういう店に行って見つけるとかさ。特に陽人はそういう性格だし、自分から声かけるなんて絶対できないだろ?おれみたいにノーマルの男性と付き合えるのなんて奇跡に近いんだから。こんな機会めったにないんだ。恋愛って楽しいよ?コウちゃんの親友なんだから杉島さん絶対にいい人だよ。向こうもこの顔、好みだって言ってたから。な?陽人」
それでもまだ首をたてにふらない陽人に、啓人が粘る。
「コウちゃんだって楽しみにしてるんだよ」
「幸太郎さんが?」
「うん。4人で出かけるなんて初めてだし、かなり気合入ってるみたいだった」
幸太郎が楽しみにしている・・・?
「いいよな、アキ。別に会ったからって付き合わないといけないわけじゃないんだから。軽い気持ちで、そう、気分転換にでかけようよ。マジ、コウちゃんノリノリなんだからさぁ」
最後の一押しで、陽人はうなずいた。
幸太郎と出かけることができる・・・・・・
陽人にとってそれは何より魅力的なことだったのだ。
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