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その27







間抜けな顔だったのだろうか。
幸太郎はクスリと小さく笑うとコホンとひとつ咳払いをして、今度は陽人を見つめた。
「きみのことが好きなんだ。好きだから追いかけてきた。引き止めた。そして君の本当の気持ちを聞きたかった」
だから少し意地悪なことをした、ごめんと幸太郎は頭を下げた。





―――おれを好き・・・・・・?





「ち、ちょっと待ってください。好きって・・・あの、その・・・・・・」
「うん。きみのことが好きなんだ」
「そんな、だ、だって、こ、幸太郎さんはヒ、ヒロと付き合ってて――-」
どういうことなんだろう。
思いがけない言葉に思考回路が全くついていかない。
「陽人くん、ここ座って?話せば長くなるから」
ヴァイオリンをひょいと持ち上げ、ベンチに座った幸太郎の隣に、陽人は戸惑いながらも腰掛けた。
「あ、ちょっと待ってて」
腰を下ろした途端、幸太郎は車の途切れた道路を渡ってゆく。
ひとりになって、もう一度幸太郎の言葉の意味を考えた。
幸太郎は陽人のことが好きなのだという。
しかもあの雪の日の出会いの時から。
でも幸太郎は啓人の恋人で、それなのに自分のことを好き・・・・・・?
ますますわからなくなる。
―――まさか二股・・・?
幸太郎に限ってそんなことはないだろう。
でもわからない・・・・・・・
「はい」
差し出されたのはミルクがたっぷり入ったココアの缶。
甘党の陽人の大好きなドリンク。
手袋をしたままの陽人じゃ開けにくいと思ったのか、ご親切にプルトップも引き上げてくれた。
「とにかく一口飲んで。落ち着いて聞いてほしいからね」
言われたとおり缶に口をつけると、甘さが心に染み渡り、何となくほっこりしてしまう。
あの時は啓人の好きなブラックコーヒーだったなぁと思い出したら少し胸が痛むけれど、でも今手の中にあるのは、陽人の好みのドリンクだ。
しかも買ってくれたのは幸太郎だ。
ちらりと横に座る幸太郎を見やれば目が合って微笑まれ、照れて俯いてしまった。
「おれの話、聞ける?」
覗き込むように尋ねられて、陽人は頷いた。
「まず最初に。ヒロとは・・・ちゃんとけじめをつけてきた」
「えっ・・・?」
びっくりして持っていた缶を落としそうになる。
驚いて顔を上げると、幸太郎は真正面を向いていた。少し辛そうな表情に、幸太郎の苦悩の跡がうかがえた。
ズキンと胸が痛むいのは、幸太郎のそんな表情を見たからだろうか。
それとも双子の弟である啓人の心の痛みを感じたからなのだろうか。
どちらにしても陽人が喜べることではなかった。
「おれ、さっききみのことが好きだっていっただろ?しかもバスの中で見かけた時に一目ぼれしたって。友達にはゲイもいるし、同性愛に偏見は一切なかったけれど、まさか自分の中にこんな感情が芽生えるなんて思ってもみなかった。」
幸太郎は陽人に語りかけているのだが、顔はずっと前を向いたまま、目を閉じていた。
「きみがヴァイオリンを置き忘れてラッキーだと思ったよ。神様がくれたチャンスだと思った。だから躊躇うことなく追いかけた。そしてきみと・・・話をすることができた」
あの時のことは鮮明に覚えている。
物語なんかで困っているところを助けてくれる、ヒーローや王子様みたいだった。
「ぼくも・・・本当に助かりました。ヴァイオリンは何よりも大切なものだから」
「だけど初対面であまり馴れ馴れしくすると変に思われるからね。同じ町に住んでいるのだからまた出会えるだろうと安易に考えてた。何度か同じバスに乗ってみたりしたんだけど、偶然は二度と来なくて。後悔したよ。あの時恩着せがましい態度でもっと係りを持てばよかったってね。そんなときだったよ。君を見つけたのは」
もしかして、と思った。
「このチャンスを逃したら終わりだと思った。だから声をかけたんだ。『今日ヴァイオリンは持ってないの?』って。そしたらその子はとても不思議そうな顔をしたんだ。あれ、もう忘れちゃってるのかな、それともおれの記憶が間違ってるのかな、その瞬間にいろいろ考えた。だけど一目ぼれした子を間違えるわけがない。それにその子はとても印象的だったから。まさか双子だったなんて想像もしなかったから」
やっぱり、と陽人は息を飲む。
見つけたと言われても陽人には心当たりは全くなかった。
ということは、そういうことなのだ。
幸太郎が大きく深呼吸をした。













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