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その26







たまらなかった。
陽人の幸太郎への募り募った恋情から生まれた決死の行動を、遊びだと、笑いものにしたのだと、そう思われるのがどうしても我慢できなかった。
黙っているのが最善だと理解していても、迸る感情を止めることはできなかった。
長い間必死にせき止めていた恋情が、決壊した川のように一気にあふれ出る。
「ずっと好きだった。これを拾ってくれた時からずっと・・・・・・」
ギュッとヴァイオリンを抱き締める。
「もう会えないと諦めていたのに、また会えて嬉しかった。ヒロの恋人だって紹介されて、諦めなきゃって何度も何度も思ったけどダメだった。せっかく杉島さん紹介してもらったのにそれでもダメで、そんな自分が情けなくて、それなら自分がいなくなればいい。遠いところでヴァイオリンと一緒に暮らしていけばいいんだって・・・幸太郎さんをだますつもりなんてなかった。最後に夢をみたかったんだ。幸太郎さんに愛されてるヒロになって、ほんの少しの時間でいいから、幸太郎さんに愛されてみたかった」
こみ上げる感情が涙となり零れそうになるのを一生懸命こらえる。
決して泣くまいと思った。
すべて自分のエゴが原因なのだから、泣くという行為は卑怯に思えたのだ。
ひとりになってから思いっきり泣けばいい。
誰もいないところで、好きなだけ泣けばいいだけだ。
「幸太郎さんには嫌な気分にさせてしまって本当にすみませんでした。本当のこと言ったって、謝ったってどうしようもないことだけれど、幸太郎さんは遊ばれたわけじゃないです。おれが勝手にしたことだから。でも結果的に幸太郎さんのヒロへの真剣な気持ちを弄んだことになってしまって。おれを恨んで嫌いになって幸太郎さんの気が済むならそうしてください。おれはもう現れませんから」
感情を押し殺して、それらをしまいこむように大きく息を吸うと、少しだけ心が晴れる。
これもまた自分勝手な感情だと陽人は心から自分を蔑んだ。
もう幸太郎の顔をみる勇気もない。
一刻も早くこの場所から立ち去りたかったが、言い逃げするようで躊躇われた。
すべてを知った幸太郎が早く自分を置き去りにしてくれることをひたすら願った。
伸びてきた手にポケットを探られ、驚いてヴァイオリンを抱き締める腕が緩んだ瞬間に、ひょいとそれを取り上げられる。
自然と行き先を追えば、バス停のベンチの上に、大事そうにゆっくり置かれた。
手を包む温かい肌触りは覚えがあるものだ。
気がつけば手袋を嵌められていた。
そしてその手を両手でギュッと握り締めるのは、目の前に立つ男の大きな手。
手袋の上からさすられ、視線を上げると、男は微笑んでいた。
「どうし・・・て・・・・・・?」
「今日何度目の『どうして?』だろうね」
クスリと笑うその表情には怒りも憤りも浮かんではいなかった。
陽人の大好きな、幸太郎の笑顔だった。
「だ・・・って、だ・・・、なん・・・・・・」
幸太郎の笑った顔が好きだった。
もう自分には笑いかけてくれることなんてないだろうと思っていた。
酷いことをした自分にどうして笑顔をくれるのか、心と頭が混乱して、わけがわからなくなる。
しかし、陽人を見つめる幸太郎の表情は決して変わることは泣く、そのことに安心したのか張り詰めていたものがブチンと切れ、涙腺が壊れたかのようにとめどなく冷たいものが頬を伝う。
幸太郎はポケットからハンカチを出すと、それで優しくぬぐってくれた。
陽人の気持ちが落ち着くまで、幸太郎はたっぷりと待って、それから話し始める。
「今度はおれが君の質問に答える番だね。まずはどうしてここに来たか。何となく君が最後にここに立ち寄りそうな気がしたから。おれの勘もまんざらじゃないな」
そう言って幸太郎は微笑む。
「次、どうして手袋のことを知っているのか。それはこの手袋を貸した男の子とのことがずっと気になってたから。その子のことをどうしても忘れられなかったから。この手袋、かなり気に入ってたんだ。買った店でも一点モノだって言ってたし、たかが手袋のくせに結構な値段もした。そんな大事な手袋を見ず知らずの他人に貸した。それほどその子のことが気に入ってしまったんだ。それこそその子がバスに乗ってきた瞬間から。一目ぼれっていうヤツだな」
幸太郎は何を言っているのだろうか。
突然の告白に、陽人には上手く理解できない。
気になってた?
忘れられなかった?
一目・・・ぼれ・・・?
「そして最後。どうして引き止めたのか。どうして君と向かい合っているのか」
『きみのことが好きだから』
そう聞こえた気がして、陽人はポカンと口を開けて幸太郎を見上げた。













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