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その2
「アキぃ〜、聞いてくれよ〜」
風呂を済ませ、明日の予習をしておこうと机に向かった陽人の部屋に飛び込んできたのは、全く同じ顔の男。
双子の弟・啓人(ひろと)だ。
だが、似ているのはその外見だけで、中身はまるで正反対だ。
引っ込み思案で思っていることのひとつも口にできない陽人とは逆に、天真爛漫で思ったことはすぐに口に出すし実行に移す啓人。人見知りの激しい陽人に人懐っこい啓人。
なまじ同じ顔をしているため、小さな頃から比べられて育ってきた。
『同じ遺伝子を持っているはずなのに、同じなのは見かけだけ』
会う人会う人、出す結論は同じものだった。そしてそれは、暗に啓人を褒め、陽人を否定していた。
『名前も逆のほうがよかったんじゃないの?』
そう言ったのはだれだっただろうか。
その言葉に、陽人は少しばかり傷ついたけれど、納得もした。
誰も間違ったことを言ってはいないのだ。正直に思ったことを口にしているだけなのだ。
それに陽人にとって、啓人は自分にないものを持つ分身であり、憧れだった。
啓人が褒められるたび、自分が褒められているように嬉しかった。
啓人が友人に囲まれ楽しそうに笑っていると、自分もその輪の中にいるようにウキウキした気分になれた。
だから、陽人は啓人を羨ましいと思いこそすれ、疎ましいと思ったことはない。
今も、予習の邪魔に入った啓人を、陽人は笑顔で迎えた。
「どうしたんだよ、ヒロ?」
外ではしっかりした頼りがいのある男の啓人だけれど、陽人には甘えてみせる。
ほんの数分の違いで陽人は啓人の兄となったわけだが、こんな時は弟をかわいいと思う。
「コウちゃんがさ〜・・・・・・」
やっぱりそれか、と、陽人は小さくクスリと笑った。
コウちゃんとは、幸太郎という3つ年上の大学生で、付き合って半年になるという啓人の恋人だ。
最初、恋人ができたと聞いたときには驚いたけれど、それが同性だと続けて告白された時にはさほど驚かなかった。
なぜなら、陽人自身も異性に興味が持てないことを自覚していたし、同じ遺伝子を持つ啓人もそうなのじゃないかと密かに思っていたからだ。
さすがの啓人もひとり悩んでいたらしく、陽人がその事実を受け入れるととても喜んだ。
それ以来、3日に一回は、恋人に対する啓人の愚痴を聞かされている。
もっとも愚痴ではなく単なる惚気だとも思うのだが・・・・・・
啓人によると、その恋人が会う回数を減らそうと言ってきたらしい。
どうやら受験生である啓人を思い図ってのことらしいのだが、エスカレーターで付属大学への進学を考えている啓人には腑に落ちないらしい。
「ヒロは、コウちゃんの気持ちを疑ってるわけ?」
陽人が尋ねると、啓人は予想通り大きく首を横に振った。
啓人は陽人が自分の恋人のことを「コウちゃん」と呼ぶことに全く抵抗がないらしく、むしろ陽人のほうが気にしている。
その彼氏の名が幸太郎だと知った時には、律儀に「幸太郎さん」と呼んでいたのだが、啓人が気持ち悪いから止めてくれと言ってきた。
自分と同じ顔をした男が「幸太郎さん」と口にすることに照れがあるらしい。
3つも年上なのだからそれが普通だと思うのだけれど。
それ以来、陽人も啓人と同じように親しげに「コウちゃん」と呼ぶようになっていた。
「コウちゃんはヒロのこと考えてそう言ってくれてるんだから。優しいじゃん」
「そうだけどさ・・・・・・」
ブツブツと文句を言いながらも、啓人の顔には愛されているという自信がみなぎっていた。
「じゃあさ、こうすれば?」
実際のところ、学期ごとのテストで素晴らしい結果を収めている啓人は、付属大学への進学には問題ない。
ただ、もっと上のランクの大学を狙えるからと教師が薦めているのだが、当の本人にその気がない。
両親も昔から啓人には甘く、啓人の好きなようにさせていた。
「コウちゃん大学生なんだろ?だったら家庭教師してもらえばいいんじゃないかな。それなら一緒にいられるし、勉強してるって格好もつくし」
陽人の提案に啓人は目を輝かせた。
「さっすがアキ!そのアイデアいただき!けど・・・・・・」
「けど・・・・・・?」
「コウちゃん、あれでいてかなりの頑固ものだからさ、そんなんじゃ集中できないとかなんとかいいそう・・・・あっ、じゃあアキも一緒に見てもらおうよ!」
ナイスアイデア、と今度は自分で自分を褒めている。
「そういえば、アキってまだコウちゃんと会ったことないだろ?ちょうどいいじゃん。おれ、アキにもコウちゃんと仲良くなってほしい」
陽人だってコウちゃんたる人がどんな人物なのか興味はある。
根本的に啓人と生活サイクルが違う陽人は、まだ幸太郎という人物と会ったことがなかったのだ。
「けど、どう考えたって邪魔じゃない?」
「大丈夫だって!たぶんコウちゃんもそれなら納得すると思うし。それに会う回数減らされるくらいだったら、たとえアキと一緒でも会えるほうが嬉しいじゃん。あ、それともアキ、やっぱり音大受けるの?」
その問いに陽人は口篭った。
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