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その15






「おれと啓人は、双子だし、顔もそっくりだけど・・・・・・幸太郎さんはおれじゃなくて啓人が好きなんです。同じ顔でも中身は全然違うし。啓人の方が明るくて話も上手で、おれなんかとは全然違って―――」
「おまえのそういうところ、ムカつくんだよ」
杉島の視線が陽人を突き刺す。
「確かにそうやって卑屈な考えでがんじがらめになってるおまえより、自分に正直な啓人の方が魅力的だよな」
わかりきっていることだけれども、改めて言われると陽人だって傷つく。
しかし杉島はおかまいなしだ。
「そうやって悟りきってるように諦めてるヤツをみてると、イライラするんだよ。物分りのよさを演じてるだけで、ただ自分に自信がないだけだ。仲良くやってるふたりをみて、ほんとは泣いてるくせに、笑顔を振りまいて。おれにはそんなのただのバカだとしか思えないな」
どうしてこんなことを言われなきゃならないのだろう。
陽人は見てるだけでよかったのに。
たとえ辛さを感じても、啓人の存在が陽人を癒してくれた。
夢を見せてくれた。
何も望んではいなかった。
ただ、幸太郎の優しさを、感じていたかっただけなのに。
「じゃあ、どうしろっていうんですか?」
陽人はにらむように杉島を見た。
「好きなら奪い取れって言うんですか?あのふたりはとても仲が良くて、とても幸せそうなのに、おれに割って入れっていうんですか?同じ顔だからっ、そんなこと、簡単に出来るっていうんですかっ」
考えて出た言葉ではなかった。
自然と口から、溜め込んでいたものが言葉になって吐き出された。
「そんなこと、おれには出来ない。誰かが泣くなら、自分が泣いた方がいい」
「だから、バカだっつうんだよ」
陽人の反撃をどう思ったのか。
杉島は面白いものを見たかのように、かすかに笑みを浮かべていた。
「恋愛はきれいごとじゃすまないこともあるんだ。醜い争いだって時には必要なんだよ。感情をぶつけ合って、壊れるものもあれば生まれるものもある。自分が泣いたほうがいい?はっ、それはお綺麗な自己犠牲の精神だな。しかしおれにとっちゃあそんなもんは弱虫の考えだ。ただ傷つくのが怖いだけ。それで我慢できるくらいの感情なんて、おままごとの恋愛だ」
そして最後に、陽人を真っ直ぐに見つめていった。
「誰にも知られず、全ての感情を抑えこんだまま生きていくっつうなら、おまえの人生、つまらないだろうな」







*** *** *** *** *** ***







それから陽人は、バイオリンのレッスンの時間をさらに増やした。
いつも一緒だった登下校も別行動にし、啓人と幸太郎との接触も出来るだけ避けるようにした。
双子にバイオリンを習わせるほどに音楽好きだった母親は、真剣に音大を目指してレッスンするようになった陽人に、驚きながらもそれなりに協力してくれたし、反対もしなかった。
志望校を新幹線で数時間かかる音大に決めてからは、さらに受験一色の生活を送った。
とにかくここから離れたかったし、離れるためには絶対に合格しなければならなかった。
付属大学への進学が決まっている啓人は、どうやら最後の高校生活を満喫しているようだ。
生活サイクルが合わなくなって、陽人はホッとしていた。
あれから、何度も杉島の言葉を思い出してしまう。
そして思い出すたびに、陽人の心は揺れるのだった。
自分の感情を抑えることは得意だったはずだ。
諦めることにも慣れていたはずだ。
だから幸太郎への恋情は、陽人の心の中でひっそりと育ててきた。
邪魔する気持ちはこれっぽっちもなかったし、見ているだけでよかった。
ほんの少し欲張ってしまったあのバーベキューの日、陽人は自分の思い上がりを反省し、そしてさらに奥深くに恋情を閉じ込めるつもりだった。
それなのに、杉島と話をしてから、心は嵐のように吹き荒れている。
だからふたりには極力会わないようにしたのだ。
自分を守るため、そしてふたりを守るため。
こんな気持ちで啓人と一緒にいる幸太郎に会ってしまったら、陽人はきっと冷静ではいられない。
幸太郎には、自分は啓人の良い兄だと思われていたかった。
ふたりの関係に理解ある、良き理解者だと思われていたかった。
どうせ受験が終われば陽人はふたりから遠く離れた場所へ行くことになるのだ。
陽人は、そのために絶対合格しなければならない音大への受験勉強に全力を注いだ。












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