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その12






「どうだった?杉島さん、いい人だろ?」
翌朝の朝食のテーブルで、啓人がこっそり耳打ちする。
陽人は曖昧な笑みを浮かべるしかなかった。
昨日、杉島とのやり取りの後、啓人が釣った魚を食べようと誘いにきたけれど、陽人はそれを断った。
陽人の気持ちをすべて見透かしている杉島に、どんな顔をして会えばいいのかわからなかったからだ。
帰りの車内でも、ずっと眠ったふりをしていた。
必要以上に心配してくれる幸太郎には申し訳なかったけれども、他にどうしていいのかわからなかった。
帰宅してすぐに自室に引きこもったから、啓人とゆっくり話もしていない。
「杉島さんもさ、アキのこと気に入ったって」
「え、ウソ・・・・・・」
思いがけない言葉に、陽人は絶句した。








信じられない・・・・・・
あれほど自分に対して冷然としていた杉島がそんなことを言うはずがないと驚きの表情を隠せない陽人に、啓人は意外そうな表情を浮かべた。
「ホントだよ。また会いたいっておれのケータイにメール来たし。かなりふたりっきりの時間あっただろ?アキ、人見知りするし心配だったんだけど、杉島さんの話からすると、上手くいったみたいだね。で、どう?アキのほうは。また会ってもいいって思ってる?」
思いもしない展開に陽人は感情がついていかずに黙り込んだ。
杉島が会いたいと思ってくれていても、陽人はゴメンだった。
杉島には陽人の幸太郎への恋情に気づかれている。
弟の彼氏に懸想する兄。
陽人に奪いたいなんて気持ちがなくても、杉島がどう思っているかはわからない。
杉島は幸太郎の親友だというが、陽人にとっては知り合い以下の存在だ。杉島が幸太郎に陽人の気持ちを漏らしてしまうかもしれない。
杉島はそんな軽い人間ではないと思うが、完全に信用できるほど杉島のことを知らないのも事実である。
どうすればいのだろう。
会いたいと言われたって困る。
しかし、会いたくないけれど、何とか幸太郎には言わないで欲しいと、杉島に会って口止めしたい気持ちもある。
「アキ・・・・・・?」
すっかり箸を動かすのを止めてしまった陽人を、啓人が訝しそうに見ていたので、慌てて卵焼きを口に放り込んだ。
「アキは気に入らなかった?」
「な、なんで?」
母親が洗濯物を干しに行ってしまったのを幸いに、啓人は遠慮なく話し始める。
「ちょっと強引だったかなぁって。あんまり乗り気じゃなかったろ?」
陽人は黙って箸を動かした。
「でもさ、杉島さんだったらコウちゃんの友達だし、もし上手くいったらみんなで遊びに行けるし楽しいじゃん?それに彼氏がいるってほんといいもんなんだよ。毎日が楽しくってさぁ。そういう気持ち、アキにも味わって欲しいなって思ったんだ」
啓人の気持ちはわかる。
でも、陽人は今のところ恋人が欲しいとは思わなかった。
一緒にいて楽しいのは、相手のことが好きだからだ。
だから、幸太郎以外の恋人なんていらない。
でも、それは絶対に叶わないことだということもわかっている。
今回の件も、承知したのは、幸太郎と一緒に出かけることができるからだ。
啓人にも杉島にも悪いけれど、そういう気持ちは全くなかったのだから。
だけど・・・・・・
その結果、こんな展開になるとは陽人は思いもしなかった。
幸太郎と啓人の仲睦まじい姿を見せつけられ苦しくなった。
おまけに杉島に幸太郎への恋心がバレてしまった。
いいことなんてひとつもなかった。
そして陽人は思う。
その気もないくせにホイホイと一緒に出かけた自分がバカだったのだ。
だから、もし杉島が幸太郎に陽人の気持ちを暴露しても仕方のないことなのだ。
幸太郎を不快な気分にさせてしまうだろうが、それが原因で啓人とどうこうなることはないだろうと陽人は考えた。
幸太郎は啓人のことをとても大切に思っている。
昨日のふたりを見ていて陽人は感じていた。
もう二度と自分が幸太郎と会わなければいい。
きっと幸太郎にとっては陽人のことなんて瑣末なことだろうから。
陽人は、今後幸太郎にも杉島にもかかわらないでおこうと心に決めた。











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