christmas serenade






<side RIN>
その8








「ごめんっ!不意打ちの残業で、遅れた!」
頭を下げる隆弘に、凛は泣きそうになるのを懸命に堪えた。
来てくれたことへの嬉しさと、隆弘を疑った罪悪感で、凛の心はぐちゃぐちゃだ。
驚いて座り込んだまま見上げるばかりの凛の正面に回りこむと、片膝をついてしゃがみ顔を覗きこむ。
三角に折りたたんだ膝と腹の間でギュッと握っていた手を探られ掴まれ、驚きのあまり顔を上げる。
「手袋は?」
「忘れちゃって・・・」
まさか、あまりにくたびれていて恥ずかしかったから置いてきたなんて、とても言えない。
「寒かっただろ?どこか店の中にいればよかったのに!」
非難の色が浮かぶ声音に、馬鹿な子だと思われたんじゃないかと凛は肩を落とした。
だけど、ここでの待ち合わせを希望したのは凛の方で、それに凛がこの場所を離れている間に隆弘がやってきて、この寒空の下で待たせるなんて、到底考えられなかった。
「うん、でも大丈夫。川上さんがくれたこのコート、とっても暖かいし、平気です」
自分が好きでここにいたのだから気にしないでほしいと、凛は一生懸命心の中で訴えた。
「この冷たさは普通じゃないぞ」
凛の強がりだと思ったのか咎めるような口調の割に、そういいながら優しく擦ってくれる大きな手を、凛はとても好きだと思った。暖かさが全身に広がってゆき、甘酸っぱい気持ちが心を満たしてゆく。
走ってきてくれたのだろう、いつもより紅潮している隆弘の頬を見つめていると、ふと視線が絡まった。
凛の手からすっと離れた隆弘の手が、凛の頬に優しくふれ、そのままフードを外された。
乱れた髪を隆弘の指先が整えるのを、凛はじっと待っていた。
こんなに至近距離で接したことも、こんなに優しくふれられたことも初めてで、戸惑いながらもされるがままだ。
「髪の毛の先まで冷たくなってる・・・ほんと、悪かった。こんなところで待たせてしまって・・・」
相当気にしているらしい隆弘に、凛の方が申し訳なく思えてきた。
「全然気にしてませんから・・・それより川上さん、仕事は大丈夫なんですか?」
「あ、ああそれは大丈夫。ちゃんと済ませてきたから」
そういうと、隆弘は何やら脇に抱えていた紙袋をガサガサと開けると、中身を凛の首に巻きつけた。
「川上さん・・・?」
素肌にふれる柔らかな布地は、間違いなくマフラーだ。巻きつけられた先端を手にとると、肌触りがよく高級品であることがわかる。
「これ、クリスマスプレゼント。ほんとは食事の席でかっこよく渡したかったんだけど、きみには今必要だろう。気に入ってくれると嬉しいんだけど」
「で、でもっ」
「クリスマスイブだから、プレゼントは当たり前だろ?今日は世界中の人がプレゼントを貰うんだから、何も言わないで受け取って欲しいな」
優しく微笑まれ、凛は言葉を飲み込んだ。
「うん、やっぱり凛くんには、柔らかい色が似合うね。このコートにぴったりだと思ったんだ」
満足げに凛を見つめる隆弘に、凛が照れて視線を空に泳がせた時だった。
「あっ・・・・・・」
凛の視線が隆弘の後ろに注がれて、隆弘も反射的にその視線を追う。
「すごい・・・」
先ほどよりもイルミネーションが輝きを増し、周りの照明が落とされ、ツリーだけが夜空に浮かんでいた。
赤・青・緑・オレンジ・白・・・もみのきに施された何百もの電球がチカチカと輝き、人々の目を楽しませる。
どこからか流れる定番のクリスマスソングが、心地よく耳に響く。
「そういえば、午後8時にライトアップされるって雑誌に載ってたな」
いつの間にか凛の横に座っていた隆弘がぽつりと囁いた。
「川上さんが遅れてきてくれたから・・・」
まさかこんなイベントが隠されているなんて、凛は全く知らずにここを待ち合わせに選んだのだ。
寒い夜なのに、時間が経つに連れて人が増えていたのはこういうことだったのかと納得した。
「このツリーをカップルで見ると、想いが通じ合うんだって」
どこからか聞こえたロマンティックな伝説も聖夜にはぴったりで、自分たちも一緒にツリーを見たのなら想いは通じるのだろうかと、ふと伝説に自分たちを投影して、凛はひとり頬を赤らめた。
そんな凛に気付かないまま、隆弘に腕を取られ一緒に立ちあがると、そのまま凛の手をギュッと握りしめるから、びっくりして隆弘を見上げたけれど、彼は何も言わずただツリーを見つめていた。
凛も視線をツリーに移す。

凛は隆弘に恋しているけれど、隆弘が凛をどう思っているのかわからない。
でも、そんなことは関係なかった。
隆弘が約束どおりここに来てくれた。
プレゼントまで用意してくれていた。
そして、隣りで手を繋いで、一緒にツリーを見てくれている。
余計なことは考えたくなかった。
隆弘の存在を確かめるように、少しだけ繋いだ手に力をこめると、少しだけ握り返され、トクンと胸が鳴った。
微妙な暗さと甘い雰囲気が、手を繋いでいるという羞恥心を消してくれたことがありがたかった。
ロマンチックで幻想的な空間に身を任せて、凛の心は幸せいっぱいになる。
ふたりで見上げる大きなツリーは、神様からのプレゼントのように思えた。





「そろそろ行こうか」
隆弘の言葉で夢から覚めたように現実世界に引き戻される。
「そんな顔しなくても、イブの夜はまだまだこれからだよ」
一体どんな顔をしていたのだろう、隆弘は凛を見てクスリと笑う。
もう少し眺めていたい気分でもあったが、ライトアップが終わる瞬間を見たくないという気持ちが湧いてきた。
静かなイルミネーションに戻る瞬間を見てしまうと、幸せ気分が泡のように消えるような気がしたから。
いつの間にかできていた人だまりをふたりしてスルリと抜けると、隆弘がケータイでどこかに連絡をし始めた。
「凛くん、お腹空いただろ?ホンとはさ、知り合いの店に予約いれてたんだけど、時間かなりオーバーしちゃってるし、テイクアウトできるように特別にパックしてもらうように頼んだから、店に寄ってそれ受け取って、うちで食べる?それでもいい?」
「あの、それじゃあ、うちに来ませんか?」
「凛くんの・・・ところ?」
隆弘が驚いたように目を見開いた。
無理もない。今まで食事をとるのはずっと隆弘の家ばかりだったのだ。
凛は一度も自分の家に誘ったことがなかった。
「隆弘さんのとこみたいにマンションじゃないし、古いアパートなんですけど、それでもよければ・・・」
最初に隆弘の家を訪れた時に、自分の住んでいるアパートとは比較しようのないくらい綺麗なマンションに凛は驚かされた。聞くと会社の持ち物らしく、希望の社員は安くで借りられるらしかったが、それにしても小さなキッチンと和室一間しかない凛のアパートとは違って、キッチンにリビング、それ以外に2つほど部屋があるらしい隆弘の家は、家具などもお洒落で、凛は自分のアパートが恥ずかしくなったのだ。
だから、凛のほうから招待するなんてとてもじゃないが言い出せなかったし、隆弘も凛の家に行きたいとは一度も言わなかった。
でも、今日は隆弘を招待しようと決めていた。
今日の予定は聞いていなかったが、食事を共にするのだろうことは予想していた。
だから、その後に誘おうと思っていたのだ。
「凛くんがいいのなら、是非・・・」
隆弘は笑顔でOKしてくれた。






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