christmas serenade






<side TAKAHIRO>
その4








「お客さん、さすがにイブの夜は混んでますよ。少しメーター上がるけど、裏道を抜けますか?」
運転手の暢気な問いかけに、隆弘はハッと我に返り、お願いしますと告げた。
街はたくさんの人で賑わっていて、いつもなら閉店している店も今日は営業を延長しているようだった。
この大通りを真っ直ぐ進めば、あと十分程度で目的のショッピングモールに着くはずなのだが、車の列は一向に前進しない。
街でいちばん大きなモール街には、たくさんのショップとレストランが集中しているから無理はない。
車を降りて走ろうかと考えた瞬間、タクシーがすいっと右折し、のろのろ運転がウソのように走り出した。
細い路地を器用に抜けてゆくのを小気味よく思いながら、凛のもとへと逸る気持ちが隆弘をそわそわさせる。
大通りから少し逸れるだけで、クリスマスムードとは無縁の車窓を眺めていた隆弘は、凛へのプレゼントを買っていないことに今さら気付いて慌てた。
今日は定時に退社すると決めていたから、待ち合わせまでの時間にショッピングモールで何か見繕うことにしていたのだ。
イブの夜を凛と約束してから、休みのたびにいろんな店を物色したり、インターネットで検索したりしたのだが、これというものが見つからなかったし、ここ一週間は残業に継ぐ残業で、ゆっくりプレゼントを見繕う余裕はなかった。
ある程度目星がついているのなら買うのは簡単なのだが、隆弘は迷うばかりだった。
凛は、『人に何かをしてもらう』という行為に慣れておらず、またそれを嫌っている節があった。
それは最初に喫茶店に誘った時からそうだったし、二度目に会った時には今日は自分が払うと引かなかった。
一度隆弘が、自分のほうが収入もあり年上なのだから遠慮なく甘えて欲しいとやんわり諭すと、それからは素直に隆弘に従ったが、その分家で夕食を摂る時には材料を仕入れてきて、おいしい料理をふるまってくれた。
凛のそういう持論も、あの告白で納得できたし、気持ちが痛いほどわかった。
だからこそ隆弘は、凛を甘やかせたいとおもう気持ちをぐっと抑えて、あくまでも平等なスタンスを保つことに徹したのだ。
外食する時も、凛の負担にならないように、安い定食屋かファミレスを選んだ。
一度だけ、あまり洋服を持っていない凛に、何か買ってやりたい気持ちでどうしようもなくなり、仕事帰りにデパートで見つけたダッフルコートを、「学生時代に着てたんだけどもう捨てようと思ってたんだ」なんて取ってつけた理由を繰り返して、なかなか受け取ろうとしないのを無理やり押し付けた。
そんな凛が、プレゼントに何が欲しいかなんて言う筈がないし、隆弘も聞けなかった。
聞けなかったが、クリスマスという大義名分は、堂々と凛にプレゼントを渡せるのに十分だった。
だが、今、隆弘の手元には、そのプレゼントが・・・ない。
そんなことは関係なく、タクシーはどんどん凛の元へと隆弘を運んでゆく。
さっきまでは一分一秒でも早く着くことを願っていたのに・・・・・・





困り果てた隆弘がふと外に目をやると、マンションの一階テナントに、洒落たブティックを見つけた。
「運転手さん、ちちちちょっと、停めてください!」
藁をも掴む心境で飛び出すと、入口横に立っている、暖かいオレンジの照明に照らされたショーウインドウのトルソーに目がいった。
運良くメンズウエアのセレクトショップらしく、フィッシュマンズセーターにコーデュロイバンツ、その上にダッフルコートを羽織ったマネキンは、とても暖かそうなベージュ色のマフラーを巻いていた。
そのマフラーにピンときて、店に飛び込み店員に外してもらうと、手触りが抜群にいい。スコットランドから輸入した一点モノだと聞いて、すぐに購入を決めた。
ラッピングもそこそこにタクシーに戻ると、すでに心は凛の元へと飛んでいた。
マフラーくらいなら、おそらく凛の負担にならないだろう・・・・・・
世界にひとつしかないものを凛にプレゼントできる喜びと満足感に満たされ、喜ぶ凛の顔を思い浮かべてひとり含み笑いを漏らし、タクシーの運転手に気味悪がられたことに、隆弘は全く気付いていなかった。






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