christmas serenade






<side TAKAHIRO>
その2








隆弘が凛と知り合ったのは、おいしいと評判の自宅マンション近くのパン屋だった。
営業ではあるが、アポイントがない場合は昼には一度帰社することが義務付けられているため、隆弘は出勤前にそのパン屋に寄って昼食用にと数個のパンを買い求めることが多かった。
そして今年の春、突然現れた店員が凛だった。
朝からにこやかな笑顔で接客する、おそらくまだ未成年であろう少年は、ナチュラルで清潔感溢れる内装の明るい店内に嫌味なほどにマッチしていた。
隆弘は自分のルックスに自身を持っているし、だからこそ他人に対しての目も厳しい。
その審美眼にかなうほど、その少年は魅力を放ち、隆弘の目を惹き付けた。
エプロンの下の身体は線が細く、顔立ちは中性的だ。食べ物を扱う店にはどうかと思われる少し長めの髪も綺麗にカットされていて問題はない。レジを打ち、パンを丁寧に袋に入れるために視線を落とせば、睫毛の長さがいっそう際立ち、次の瞬間金額を告げるために視線を上げれば、大きな黒目がちの瞳に吸い込まれそうになる。
それでいて、決して柔い少女のようではなく、しっかり少年の雰囲気を身にまとっているのだから不思議だ。
そう、時代劇に出てくる少年剣士のような、清麗さを身にまとっていた。
通学前の女子高生で店が混雑するようになったのは、明らかに彼によるところが大きい。
またそんな女の子の不躾な視線を気にも留めず、誤解されても仕方のないくらい丁寧な応対をする。
どんなに忙しくても笑顔を絶やさないし、何よりも商品を大切に扱うのが心地よかった。
焼きたてのパンはその扱いが難しく、力を入れすぎるとへしゃげてしまうものだが、彼はこわれものを扱うようにトングでパンを挟み、手際よく袋に詰めてしまう。
最初はぎこちなかったものの、数日後には手馴れたようにトングを扱うようになった。
あまりにも見事な手さばきに、レジで並んでいる最中は、いつも彼の手元に見惚れていた。





少年が現れて一ヶ月が経った頃のゴールデンウィークの朝、隆弘は朝食用のパンを切らしていることに気付き、店へと行ってみることにした。特においしいと評判のフランスパンは午前中で売り切れてしまうらしく、まさかフランスパンを抱えて出勤することができない隆弘は、まだ一度もそれを口にしたことがなかったのだ。
カランと店のドアを押し開けると、学校も休みのその日にはひとりの客もいなくて、明るい張りのあるいらっしゃいませの声がいつもよりよく響いた。
目当てのフランスパンと、他に適当なパンを見繕いトレイをレジに置くと、少年が「いつもありがとうございます」とにこやかに声をかけてくれた。
さすがにほぼ毎日顔を合わせているだけに、覚えていてくれたのかと思うと、隆弘の心が微かに弾む。
並んでいる客もいないから、少年はいつもよりゆっくりとパンを袋に入れながら、いつもは混雑しているからマニュアル通りの挨拶しかできなくて、と照れるように話してくれた。
もちろん、少年は勤務中だから無駄話はそこそこで切り上げることになったが、少し儚げな外見に似合わずはっきりしたものの言い方に、隆弘はとても好感を持った。
それからも、朝の混雑時にはいつもと変わらない接客だったが、ただの常連客から少し発展したような気分になり、少しでもそのきれいな顔を眺めていられるように、必要以上のパンを買うようになった。





鈴村凛という名前を知ったのは、それから数週間後、仕事帰りに寄ったスーパーで偶然出会った時だった。
どうやら彼のほうも隆弘に好感を持っていたらしく、近くのファーストフード店に誘うと喜んでついてきた。
オレンジジュースをオーダーした彼の分もまとめて会計を済ませると、自分の分の支払いをしようとする。
大人の自分を前にまさかそういう行動を取られるとは思ってもいなくて、誘ったのは自分だし今日は自分が払うとやんわり断ると、たかがジュースひとつおごられたくらいで申しわけなさそうに、それでもじゃあごちそうになりますと慇懃に御礼を述べるとおいしそうにストローに口をつけた。
まだ高校生だと思っていたけれど、今年卒業して今はあのパン屋で修行中であることを教えてくれ、隆弘も事務OA用品の販売会社に勤めていることなど、お互いの身分を明らかにした。
最初からあまり突っ込んだ話をしないほうがいいだろうと、独り暮らしの孤独なオトコ同士、これからも気楽に付き合っていこうと申し出ると、凛はすんなりOKし、連絡先を教えあい、その日は別れた。





隆弘は飽きもせず、ほぼ毎日パン屋に立ち寄ったから、凛と顔をあわせない日はない。
しかし、期待とは裏腹に、ケータイもメールも着信音が鳴ることはなかった。
隆弘は、そのルックスからもあからさまな好意を寄せられることが多く、その場凌ぎに付き合うこともあったからそれなりに経験豊富だった。だからといって、隆弘もその相手に好意を持てるかといえば一概には言えず、焦がれるような恋愛経験があるかと言われればないに等しかった。求められることは多くても求めることは少なかった。
ただ、ある意味恵まれた環境のせいなのか、相手の自分に対する感情を見破ることに長けていた。
その点では、凛が明らかに隆弘に好意を寄せているのを感じたし、きっとすぐに連絡してくるだろうと予想していたのだ。
毎日顔を合わせても、自分を客としてしかみない凛にしびれを切らし、隆弘はある日店の閉店を待って声をかけた。
凛はいまどきの若者には珍しくケータイを持っていなかったから、待ち伏せしか方法がなかった。
今から思えばまるでストーカーのような行為に苦笑せざるを得ないのだが。
そのまま食事に誘い、前よりもプライベートに踏み込んだ話をするうちに、凛がとても遠慮深い性格であることがわかった。社交辞令を真に受けて連絡して疎ましく思われるのがイヤだったと、だから声をかけてくれて嬉しいと、伏目がちに言われて、何ともいえない感情に支配された。





それから隆弘は、少し強引なほどに凛を誘い、会うようになった。
会社勤めで土日週休二日制の隆弘と、年中無休のパン屋の店員で休日はシフト制の凛では休みが会うはずもなく、特別一緒に外出するわけではないけれど、その分夜に外食したり、隆弘の家で夕食を共にしたり、歳の離れた友人のような、または兄弟のような関係を楽しんだ。
隆弘は凛が可愛くて仕方がなかった。会えば会うほど凛という人間の優しさや温かさを実感した。
会社で取引先の嫌味なジジイに怒鳴られてムカついても、凛と会えばすべて浄化され、それは笑い話と化した。
ちょっと力を加えれば折れてしまいそうなたおやかな外見とは反対に、パン屋になる夢を語る凛はその名の通り凛々しく、きちんと自分の足で立っているしっかりした少年で、ますます隆弘を魅了した。



自分の凛に対する感情は何なのだろう・・・



隆弘はひとりになると自問自答を繰り返した。
もちろん『好き』という感情は抱いている。
それがどの『好き』なのかが問題なのだ。



歳の離れた友人としての好意。
弟に対してのような好意。
それとも恋愛に発展する好意。



歳の離れた友人も、弟も持たない、ましてや同性に恋愛感情を抱いたことのない隆弘に、その感情を限定することは不可能だった。
ただ言えるのは、凛と一緒に過ごす時間はとても充実していて心地よく、別れ際には離れがたい気持ちになる、それだけは確かだった。






戻る 次へ ノベルズ TOP TOP