christmas serenade






<side RIN>
その12








隆弘に好きだと告白された。
そして、今、凛は隆弘の胸の中にいた。
突然告白されて、どういう意味だろうと考えているうちに、抱き寄せられた。
全く思考がついていかなくて、凛は戸惑うばかりだ。
凛は何度も想像したことがある。
こうやって隆弘に抱かれる自分を。

想像して身体を熱くする自分が汚く浅ましく、大好きな隆弘を穢しているようで許せなかった。
今日初めて手を繋いだ。
人と繋がりを持つことがとても幸せな気分になれることを知ったと同時に、おそらくそういう気持ちになれるのは相手が隆弘だからだと改めて気付かされた。

店で接客をしているから、他人にふれることは多々あるけれど、ドキドキなんてしたことはない。
隆弘だけが、凛の感情を自由にできるのだ。
苦しめるのも喜ばすのも、みんな隆弘だけ・・・

隆弘の胸の中は、想像通り暖かく、大きな手に背中や髪を撫でられると、いいようのない高揚感に身体が震えた。
もちろん、凛に隆弘を拒絶する理由はない。
しかし、凛には隆弘に言っておかなければならなかった。
もし隆弘が凛の気持ちを受け入れ、凛が隆弘の気持ちを受け入れたならば、その時点で同性同士の恋愛が始まることになる。それが世間にたやすく認められないことぐらい凛にだってわかっている。
だからこそ、言っておかなくてはならないのだ。
もし、言うことで隆弘の気持ちが冷めたとしても。



『このツリーをカップルで見ると、想いが通じ合うんだって』



あの広場で聞いたロマンチックな伝説が、凛に勇気を与えた。





「川上さんは、おれのどこが好きなんですか?」
ふいをつかれたのか、隆弘は何も言わない。
「おれは・・・おれはきっと川上さんが思っているほど、優しい人間じゃないと思います」
「それはおれだって同じだ」
「でも、おれが施設育ちだって告白したのは・・・同情でもいいからあなたの気を惹きたかったからなんです」
恐る恐る顔を上げると、見下ろしている隆弘と目が合った。
「おれは、川上さんが最初に店に来たときから好きだったんです。ずっと気持ちを隠してきました。おれは同情されるなんて真っ平だと言う態度を端々で出していました。きっと川上さんも感じていたと思う。だけど、おれは・・・川上さんには同情でもいいからそばにいて欲しかった。もちろんいつまでも隠していられることじゃないと思ったからこそ、打ち明けたんだけど、それ以上におれには打算があった。川上さんは優しいから、おれを憐れに思ってくれるだろう、そしてもっと世話を焼いてくれるだろうって・・・・・・」
「凛くん・・・」
凛にはもう身よりはいないから、どこへだって行けるし、世間にどう思われてもいい。
しかし、隆弘には家族もいれば会社もある。好き好んでこういうマイノリティーな恋愛に走らなくてもいいのだ。
だから、一時の感情に流されて欲しくなかった。もし同情だったとしても、凛はもう十分だった。
「だからっ、川上さんがおれのことを好きっていってくれて嬉しいけど、でも―――」
その言葉は途中で隆弘に飲み込まれた。
柔らかく暖かいものにくちびるを覆われ、凛は目を丸くした。
それはすぐに離れていったけれど、かわりにきつく抱きしめられ、苦しいほどの拘束の中で、凛は先ほどの行為が、くちづけであったのだとようやく理解した。
体勢が少し変わり、隆弘を肩口に顔を埋めるように抱かれ、逆に隆弘の息を首筋に感じてゾクリとした。
「きみはおれを甘くみすぎだ。おそらくおれは、きみが思っている以上に恋愛も経験しているし、恋愛がどんなものかを理解しているつもりだ。そんなおれが、同情と恋情を履き違えるとでも思ったか?同情で同性の男を抱きしめたり、キスしたりできるほど、おれは人間できちゃいない」
ふわっと力が弛められると、肩を押されて身体を離され、真正面から見つめられた。
「おれを受け入れてくれる?凛くん」
凛の手首を掴み、愛しげに指先へと滑らせるその手を、凛は離したくないと思った。
母親に捨てられて以来、どんなに親切にされても疑心暗鬼で人を信じられない人生だったけれど、隆弘の言葉なら信じることができるかもしれない。
初めて好きになった人を信用できないなら、これから生きていく意味さえないように思えた。
「おれも、川上さんが好きです」
何の飾りもない言葉だけど、今の自分の気持ちを伝えるにはそれしかなかった。
抱き寄せられると、意図していないのに、自然と腕が隆弘の背中に回る。
自分より数倍逞しい背中に、凛はギュッとしがみついた。
「すごく嬉しい・・・ありがとう凛くん」
耳元で囁かれ、ろくに返事も出来ずに回した腕に力を込めることで返事に代えた。
しばらくそのままでいたけれど、狭い部屋の効きすぎた暖房と濃密な空気に身体を離すと、微妙に色のついた雰囲気の中でお互い黙り込んでしまった。
それでも離れがたく、コタツの位置を戻すと、隣り合わせにすわった。
照れまじりの甘い空気が恥ずかしく、凛はキッチンに立つと、グラスにオレンジジュースを注いでコタツに置いた。
冷たい飲み物は、ほんの少しだけ心を落ち着けてくれる。
「川上さん、おれ、こんな素敵なクリスマス初めてです。何か一生分の幸せを使いきっちゃったかもしれない。一緒に綺麗なツリーを眺めて、マフラーいただいただけでも十分だったのに、まさか川上さんまで・・・」
「じゃあ、おれにリボンを巻きつけて凛くんへのプレゼントにすればよかったかな?」
リボンを巻きつけた隆弘を想像して、凛は笑った。
「凛くん、今日から川上さんてのも止めにしない?」
「でも・・・・・・」
「名前で呼んでよ。その代わり、おれも凛って呼んでもいい?」
「名前って・・・隆弘・・・さん?」
「凛・・・」
艶を含んだ声に、和んだ空気が一変して、再び唇を合わせた。






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