christmas serenade






<side RIN>
その13








先ほどの唇を重ねるだけの軽いものとは全く違うキスに、凛は戸惑いながらも必死だった。
上唇と下唇を交互に吸われ、少し口を開いた瞬間に入り込んだ舌に翻弄され、甘い痺れが身体を走り抜けた。
押され気味の身体を支えるために後ろに手をつくと、その上に手を重ねられ、指を絡められる。
離れては吸われ、吸われては離れ、繰り返し繰り返し続けられるキスに、いつの間にか夢中になっている自分がいた。
もちろん凛にとっては初めての行為で、タイミングがわからずずっと閉じていた瞼を薄く開けたとき、あまりに至近距離に隆弘の顔があって、慌てて目を閉じた。
凛にとって意思を伝えるために話し、生きるために食べる行為のためでしかなかった器官から、快感を呼び起こすような甘いしびれが湧き上がってくるのを止められない。
十分なほど蹂躙されて名残惜しげに唇が離れて行った時に、自分の口から零れた切なさを含んだ吐息に凛は頬を赤く染めた。
隆弘の唇が濡れて光っているのが自分のせいだと考えただけで、身体が熱くなる。
いくらオクテだといっても、その先にあるものが何かくらいわかっているし、同性同士の行為の知識だって少しは持っている。隆弘に抱かれる自分を何度も想像したことがあるのだから。
時計を見ると、もうすぐ日付が変わる時間だった。
どうやら隆弘のほうも抑制していた箍が外れたのか、凛の髪や頬にやたらと指先を滑らせる。
そこに性的な何かを感じるのは、凛の思い過ごしではないはずだ。
まさか、プラトニックな恋愛をしようなんて、凛は思ってはいないし、隆弘もそうだろう。



「泊まっていきますか?」



ごく自然に零れた言葉だった。
一瞬、凛の髪を弄んでいた指先が動きを止め、隆弘が虚をつかれたような驚いた表情を見せた。
「今日のところは帰るよ」
そそくさと立ち上がる隆弘に、凛は羞恥で居たたまれない気持ちになる。
みっともない。
違う、みっともないなんてレベルじゃない。

欲求不満で物欲しげに見えたんじゃないだろうか。
やっと気持ちが通じ合ったばかりなのに、ねだるように誘いをかけた自分は、手馴れた卑しい男だと思われたんじゃないだろうか。
好きだと言われてから数十分しか立っていないのに、呆れられたんじゃないだろうか。
立ち上がることもできず、隆弘のズボンを引っ張ると、凛は声を絞り出した。
「・・・・・・ないで・・・・・・」
「なに?」
隆弘が膝を落として凛のそばにしゃがみ、ズボンから手を掴みとると、顔を覗きこむ。
「凛・・・?」
「きらわないで?ごめんなさい。もう変なこと言わないから・・・嫌いにならないで?」
誰にどう思われてもいいと思っていた。
自分さえしっかり地に足をついていれば、誰にも頼らず生きていけると思っていた。
その考えに変わりはないけれど・・・隆弘だけには嫌われたくない。
誰に何を言われても耐えていけるけれど、隆弘に嫌われたら耐えられない。
せっかく隆弘が凛にくれたクリスマスイブを、自分がぶち壊しかけて、ただただ反省の言葉だけが口をつく。
「嫌うわけないだろ?おれ的には逆に嬉しいけど」
思いがけない言葉に凛が顔を上げると、そこには笑顔の隆弘がいた。
「せっかくの誘いを断るなんて情けないけど、一度にいただいちゃうともったいないからな。今日はキスまでにしとくよ」
そういうと、今日何度目かの優しいキスをくれた。
「今度は帰ってくれって言われても帰らないから」
鴨居にかかったコートを着る隆弘に、慌てて凛も立ち上がる。
「凛、明日も会える?」
凛が頷くと、隆弘はポケットからキーケースを取り出すと、鍵をひとつ外して凛に握らせた。
「これ・・・・・・」
「明日はおれん家で鍋しよう。なるべく早く帰るから用意して待ってて」
それだけ言うと玄関に向かうから、凛も後を追いかけた。
「あの・・・」
「凛明日も朝早いんだろ?今日はもう寝るんだぞ?きっといい夢見れると思うよ」





食べ散らかしたパックは隆弘が持ち帰ってくれたから、凛は使った皿とグラスを片すだけでよかった。
残ったチーズケーキは、明日隆弘の家に持ってくるように言われたから、ラップをかけて冷蔵庫にしまった。
まだポワンとした意識のまま、風呂だけ済ませて布団を敷くと、すっぽり毛布にくるまった。
隆弘がふれた唇を指でなぞってみる。
嬉しさのあまりどうしても顔がにやけてしまう。
隆弘に好きだと告白され、抱きしめられ、キスされた。その事実だけを復習するように何度も思い出しては、心に刻み込む。



『このツリーをカップルで見ると、想いが通じ合うんだって』



宣伝のようなあの伝説は、真実だったんだ・・・・・・
世の中の片想い中の人に教えて回りたいほど、凛は感動していた。
明日仕事が終わったら、ケータイを買いに行こうと心に決めた。無駄遣いは禁物だけれど、自分へのクリスマスプレゼントだと思うことにした。



「メリークリスマス」



いつもは寂しいひとりの部屋も、今日は何だかとても暖かい。



「メリークリスマス、隆弘さん」



目を閉じると、心地いい眠りに誘われる。
夢の中に、隆弘さんが出てくるといいな・・・・・・
同じ頃、隆弘も同じような気持ちでベッドにいることに考えが及ぶ間もなく、凛は今まででいちばん幸せな眠りについた。






おわり





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