christmas serenade






<side TAKAHIRO>
その10








「これ・・・おれからのプレゼントなんだけど」
目の前に置かれたのは、白いケーキだった。
突然のことにびっくりした隆弘が凛を見やると、凛が慌てて説明し出す。
「川上さんもわかってると思うけど、おれ貧乏だから川上さんの気に入るようなもの買えないし。でも、イブの夜なんて大事な時間をおれに割いてくれたのに、おれは何もあげられないなんて考えられなくて。川上さんがケーキ大丈夫だって知ってたし、大人で立派な男の川上さんにはそぐわないかも知れないけど、こんなものしか思いつかなくて・・・」
置かれた真っ白なケーキと、正反対に真っ赤な凛を交互に見ながら、隆弘はやっとの思いで口を開いた。
「これ、凛くんが作ったの?」
ケーキらしいフルーツの飾りもなにもないそれは、どうやらチーズケーキのようだった。
「今度店にスイーツのスペースができるんです。奥さんの趣味がケーキ作りらしくって。それ聞いて、奥さんにレシピを教えてもらったんです。川上さんチーズ好きだって言ってたし、チーズケーキならオーブンがなくても作れるって聞いたから」
恥ずかしそうに一生懸命説明する凛を、隆弘はじっと見つめていた。
「ありがとう。とっても素敵なプレゼントだよ」
パァッと凛の表情が明るくなる。
「おれが初めて作ったケーキを食べてもらえるのが川上さんで、すっごく嬉しいです」
可愛いことをいいながら、凛は手際よくケーキを切り分けると、皿に盛ってくれた。
「じゃあ、いただきます。未来のパン職人さん」
フォークをつきたてたのはパンではなくケーキだけれど、あくまでパンがメインでケーキもオプションとして学びたいと言っていたことを思い出し、隆弘が敢えてそういう言い方をすると、凛は照れながらも「どうぞ」と答えた。
冷蔵庫で冷やし固めたレアチーズケーキは、レモンの風味が効いていて爽やかな口あたりプラス滑らかな食感なのに、チーズの濃厚さも残っていて、お世辞抜きでおいしかった。
「凛くん、ほんとおいしいよ?これ、いいチーズ使ってるんじゃない?」
「オーナーの知り合いの業者さんがびっくりするほど安く分けてくれたんで、チーズをふんだんに使ったんです」
褒めると少し自慢げに声を弾ませる。
しばらくそれを味わっていると、凛がコーヒーを入れてくれた。
「おれの暮らしてた施設では、クリスマスがいちばんのイベントなんです」
凛から施設の話を聞くのは2回目だ。あの告白以来、再び口を閉ざしてしまっていたし、隆弘も敢えて何も聞かなかったから。
「年に一度だけ、学園長がたくさんパンを焼いてくれて。いつもは食事の量は決まっているんだけど、その日、そのパンだけは好きなだけ食べていいんですよ?だから、奪い合い、取り合いみたいにみんながっついてた。慌てなくてもなくならないだけの量があるのに、そういうところはやっぱり意地汚いのかな」
フッと浮かべた笑みは凛が自分を卑下しているようで、隆弘は否定しようとして止めた。
そういう気持ちは凛にしかわからないことであって、隆弘が何をいっても、どう慰めても、凛の心から消えることはない事実でしかないのだ。
「でもね、そのパンがすごくおいしくて。今考えればケーキの代わりだったんだろうけど、そんなことどうでもいいくらいにおいしかったんです。ふわふわでほんのり甘くて。おれたちがパンにかぶりつくのを学園長は笑って見てた」
「それで、凛くんは、パン屋になることに決めたんだ」
「食べ物で人を幸せな気分にできるんだって思いました。おれは親の愛情も知らないし、それまで幸せだなんて思ったこともない。幸せの意味もわからなかったけど、そんなおれでも幸せを作り出すことが出来るかもしれない。もちろん手に職をつけたほうがこれから生きていく上でも有利だろうという計算もあったんですけど」
凛はやっとチーズケーキを口に運ぶと「成功ですね」と微笑んだ。
「おれは、今、凛くんに幸せな気分にしてもらったよ?」
「川上・・・さん?」
「凛くんの作ったチーズケーキを食べて、おれはとても幸せだ。凛くんがおれのために、おれのためだけに作ってくれたなんて・・・すごくうれしいよ」
「そ、そんな・・・それならおれのほうこそ」
凛は鴨居にかけられているマフラーに視線をやった。
「あんな素敵なマフラーいただいてしまって・・・おれなんかには身分不相応な感じで」
「そんなことない。おれはあのマフラーを見たとき、絶対凛くんに似合うって確信したんだ。店の人が一点モノだって言ってたんだが、それならきっとあれは凛くんのために作られたんだと思う。北欧で作られたたった一つのマフラーが、日本の、この街にやってきたこと自体が奇蹟みたいなものだと思わないか?そして今日、おれがたまたま通りかかった店に飾られていたなんて、そんな偶然は奇蹟的なことだ。おれは、それをきみにプレゼントできてとても嬉しいし満足している。それとも凛くんは気に入らない?」
「そっ、そんなことありません!」
「じゃあ、身分不相応とか言わないで。それに、きみは自分を卑下することはない。おそらく凛くんにしかわからない、いろんな経験をしてきたんだと思う。だけど、これだけは誓って言っておく。おれは、凛くんが施設で育ったとか、親に捨てられたとか、そういう過去は全く気にしてない」
隆弘は、凛にはっきりを宣言した。今までにも凛には何度か言ったことがある台詞だが、隆弘は何度だって言うつもりだ。自分だけは凛を蔑んだりしないと。自分だけは凛を傷つけたりしないと。
「おれは、そういう過去もすべてひっくるめて、凛くんが好きなんだ」
隆弘は初めて『好き』という言葉を使って、凛に気持ちを伝えた。






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