Aqua Noise







その9






「ち、ちょっと、隆弘さんっ」
テーブルに身体が触れて、マグカップが揺れるのを目で追いながら、零れるほどでないのを確認する。
胸に引き込んだ凛の身体を抱きしめると、その髪に鼻先を埋める。
変わりない香りになぜだか安心して、抱きしめた身体をゆっくりと手のひらでなぞった。
「凛、少し痩せた・・・?」
男性である凛の身体には柔らかさはないが、思い鉄板を運んだりと結構な重労働である凛の身体は、しなやかな筋肉がついている。
もともと線が細いのだろう華奢に見えはするものの、しっかりした体つきをしていた。
細くて折れそうなのに、ピンと背筋を伸ばす様は、名前のとおり凛としていて、しっかりと根付いている竹のようだ。
しかし、今腕の中で隆弘に身を預ける身体は、一回り小さくなったように思えた。
「そうかな?あんまり自覚ないんだけど」
自覚がないのに痩せるのはよくない兆候だ。
(何かあったのだろうか)
少し心配になって顔を覗き込もうとすると、凛は隆弘の胸に頬をギュッと押し付けてきた。
甘えることが苦手な凛には珍しいしぐさに、隆弘は髪を撫でる。
足でそっとテーブルを遠くに押しやると、少しゆとりが生まれ、隆弘はしっかりと凛を抱き直した。
本当に不思議だ。
実家はそれなりに裕福で何の不自由もなく育ち、思春期になって父親と折り合いが悪くなり、卒業と同時に家を出た。
親への反発なんて世間ではよくあることだ。
一流ではないがそれなりの会社に就職し、営業成績も悪くないし、期待されているのを感じている。
見た目のよさから女性に不自由はしなかったし、恋愛を楽しんできた。
錆び付いた外階段の古いアパートも、ほとんど飾り気のない小さな部屋も、隆弘の人生には全く縁のないものだった。
ましてや同性の恋人を持つなんて、考えもしなかった。
それが今ではどうだろう。
恋人のために食器を揃えた。
いつでも食事を共にできるように。
恋人のために無駄遣いすることがなくなった。呆れられないように。
眠れない夜を過ごし早起きした。
恋人に会いたくてたまらなくて。
どれも全部自分のことだなんて信じられないくらいだ。
頑張っている凛を見ると自分も負けないようにと気合が入るから仕事も順調だ。
どんなことにも一生懸命な凛は隆弘を変えた。
人を好きになること、想うことはとても幸せなことだと教えてくれたのは凛だ。
(あ〜なんでこんなに好きなんだろうなぁ)
凛を抱きしめながら幸せをかみしめていると、凛がごそごそと身体を動かし始めた。
「り、凛・・・?」
カチャカチャとベルトを外す音に隆弘は慌てる。
(マ、マジ?)
どちらかというとこういうことに関しては晩生で、身体を重ねても慣れることがなく受動的な凛が、隆弘に積極的にふれてくる。
「ね、隆弘さん、いいよね?」
予想外の出来事に狼狽するも、断れるはずもない。
「凛こそ、いいのか?」
「どうして?ぼくが・・・ぼくが隆弘さんにさわりたいんだ」
凛らしくなくフッと笑うと、寛げた部分から、隆弘の雄を取り出す。
久しぶりの他人の手に、少しかたくなりかけていたものを、凛は躊躇うことなく口に含んだ。












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