Aqua Noise







その24






あの日、隆弘に言った言葉を、凛は後悔していない。
『絶対にイエスと言ってほしいんだ。おれの欲しいものはそれだけ』
追いかけてきてくれた隆弘。
着古した、みずぼらしいコートを手にしてる隆弘はやっぱり変だった。
あのコートは凛自身だと、どうしてずっと気付かなかったのか。
違う。気付いていたのに気付かないフリをしていただけだ。
隆弘の優しさに包まれて、それが心地よくて自分に甘くなっていた。
思い返せばすべてがそうだ。
隆弘が凛に与えてくれたものは物心両面にて多大なるものだ。
なにかと理由をつけては食事を奢ってくれたり、買ってくれたりした。
その時点ですでにフィフティーフィフティーの関係ではない。
凛のほうが年下で収入も少ないからと言われればそれまでだが、隆弘の優しさが知らず知らずに凛の中で負担になっていったのだった。
気にするなと言われても気にしてしまうのが凛の性格なのだからどうしようもない。
隆弘の嬉しそうな顔を見るのは嬉しかったし、隆弘がいいならそれでいいかなと自分自身で納得させていたこともある。
そんな少しだけ歪んだ関係に気付かせてくれたのが希だった。
希が現れなければ、隆弘との関係はもう少し長く続いていたかもしれない。
もしからしたら今この時だって・・・
でもいつかは壊れるもの。
まだ20歳そこそこの凛にはどうすることもできなかっただろう。
(出会うのが早すぎたのかな)
そう思うこともあるけれど、それは未練の何物でもない。
『少し距離を置きたい』
凛がそういったときに、隆弘がどんな表情をしたのか、思い出せない。
たっぷり数分後。
『どのくらい?』と聞かれて『無期限』と答えたら、微かに笑ったことだけは覚えている。
隆弘はたった一言『そうか』と言っただけだった。
隆弘は約束を守り続けている。
それ以後、一度も会っていない。







「結婚か」
ベッドの中でつぶやいた。
自分には一生縁のない言葉だ。
凛は女性を好きになったことがない。
かといって男性を好きになったこともない。
恋愛経験はたった一度だけだ。
その相手・隆弘は凛と同じ同性で、同性婚は認められていない世の中だから、凛にとっては縁のないことだ。
この先、隆弘以上に好きになる人と巡り合うこともない気がする。
「枯れてるからなぁ、おれ」
目を閉じて、現在の隆弘を想像してみる。
あれから10年ということは・・・38・9?だろうか。
中年太りしていないだろうか。
白髪が増えたり、髪が抜けたり。
いろいろ想像してみたが、おそらくはあの頃以上に男っぷりが上がっているだろうということで落ち着いた。
悲しいかな外見の想像はできず、別れた頃のままの隆弘が脳裏に浮かんだ。
あの頃の手の感触を思い出し、身体を慰めることもある。
快感を得ることはできるけれども、後で襲われるのは罪悪感。
なのに隆弘を想うと身体が勝手に熱くなる。
(ほら・・・・・・)
肌を優しく撫でる手のひら。
敏感な部分を擦る指先。
熱いくちづけと身体を這う舌のざらついた感触。
「んっ・・・・・・」
唾液で濡らした指先で乳首を摘んでは優しく撫でる。
性器を擦ると、すぐに反応して堅くなった。
片手で身体を撫で回して、そのまま指先を身体に埋め込む。
「あぁっ、あっ、アッ・・・・、」
のしかかられてもいないのに、重みを感じ、両手と腰を動かした。
名前は呼ばない。
呼ぶのは心の中だけだ。
(隆弘さ、たかひろ、さ・・・・・・)
何度目かの連呼の後、凛はひとりで果てた。
罪悪感で眠れない夜が、またやってきた。

















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