Aqua Noise







その19






三人でテーブルを囲む。
希のハイテンションな会話に相槌を打ちながら、凛はそれでも笑顔を浮かべた。
もし自分がつまらない顔をしていたら、隆弘が気を使うだろう。
最初は不機嫌さを隠さなかった隆弘も、一生懸命話す希の姿に、表情が和らいでゆくのが、凛にも見て取れた。
会話は先日まで希がぶつかっていた父親である隆弘の兄のことや、希にとっては祖父母にあたる隆弘の両親のことに及んだ。
(さびしい・・・・・・)
凛の心が訴える。
希と初めて会った映画の日。
帰りに三人で食事をしたダイニングバーで感じた疎外感。
凛に対するのとは全く違う、隆弘の希に対する接し方は、遠慮のない自然なものに思えてならなかった。
(他人じゃないんだから仕方ないよ)
あの時もそう思った。
ということは、希には凛がどんなに望んでも築けない関係を、隆弘と築くことができるということ。
(おれは・・・他人だから)
ここ数年に関して言えば、隆弘と一緒に過ごした時間は、凛のほうが希を上回っているはずだ。
ふれあう機会だって凛のほうが確実に多い。
でも、どんなに同じ時間を一緒に過ごしても、肌を重ねても、凛と隆弘は他人なのだ。
「あ、タカさん、今日はプレゼント持ってきたんだ。はい、これ」
希が紙袋を隆弘に差し出す。
「ね、ね、開けてみてよ」
「いいよ後で」
紙袋を後ろのソファに置こうとする隆弘に希が抗議する。
「そんなこと言わないでさ、ねぇ凛さん」
「え、あ、そうだね」
希に突然話をふられて、凛はあいまいに頷いた。
「ほら、凛さんも見たいってさ。タカさん早く早く」
希に急かされて隆弘は仕方なさそうにラッピングをほどいてゆく。
「あっ・・・」
凛は思わず声を上げた。
シンプルなデザインのシステム手帳。
チョコレート色のボディに品の良い細工がなされている金具があしらわれていた。
上質なレザーが使用されているのだろう、表面が綺麗に光っている。
「お、手帳か。さすがにそろそろ買い替えないとと思っていたところだ」
隆弘は留め金を外すと中を開いてみる。
「外はシンプルだけど中は機能的だな。手触りもいいし。いい革使ってるな」
弾んだ声は隆弘がそれを気に入ったことを表していた。
「友達の兄貴がハンドメイドの革製品を扱っててさ。頼んで作ってもらったんだ。だから一点モノだよ、それ」
自慢げな希に隆弘も目を細める。
「でも高かったろ?」
「ま、ね。でもちゃんと貯金してたから。ほら、去年のその前もタカさん仕事だっつって帰ってこなかったろ?だから数年分まとめてということで」
エへへと笑う希に、隆弘も笑みを浮かべていた。
凛の耳をふたりの会話がすべってゆく。
隆弘が嬉しそうに眺める真新しい手帳には、派手なデザインのブランドロゴはひとつもない。
それでも趣味の良さをうかがうことができる、とても上品で大人な感じのデザインは、隆弘にぴったりだった。
「悪い、希。おれからのプレゼントは・・・」
「いいよいいよ。突然来たのはおれのほうなんだし。それよりさ、凛さんはタカさんから何かもらった?何あげたの?・・・凛さんってば!」
語気を強めた希に、現実に引き戻される。
「え、ゴメン、なんだっけ?」
「聞いてないの???なにボーっとしてんだよ。タカさんに何プレゼントしたのかって聞いてるの!」
「あ、おれは・・・」
「まさか用意してないとか?ありえないよ、凛さん」
あきれたような口調に凛が小さくなっていると、隆弘が希をたしなめる。
「いいんだよ。今日はただの食事会なんだから」
「んなわけないじゃん。ローストチキンにケーキって、明らかにクリスマスパーティだろ?」
「それは、だな・・・」
隆弘も苦しい言い訳だと自覚しているのだろう。希の迫力に押され気味だ。
そして希に返す言葉も見つからない自分に、凛はますます居たたまれなくなる。
「あ、わかった!」
希が叫ぶ。
「凛さん、タカさんを驚かそうと思って隠してるんだろ?凛さんの性格からしても、プレゼント忘れるなんて絶対ありえない!」
希が席を立ちリビングのほうに移動する。
「これ、凛さんのカバン?」
「希くんっ」
部屋の隅に寄せて置いていた凛の荷物を目ざとく見つけた希が、大きなトーとバッグからほんの少しだけはみ出していた紙袋の取っ手を引っ張りだした。
「やっぱりちゃんと用意してるじゃん」
ほら、と掲げられたのは、先日隆弘のために購入したプレゼントだ。
ブランドのロゴがプリントされたペーパーバッグ。
「タカさん、これ、凛さんからの―――」
ダイニングに戻ってきた希の手によってブラブラと揺れるブランドのロゴ。
隆弘が下品で嫌いだと言っていた、超有名店のショップバッグを前に、凛は恥ずかしさのあまりカッとなった。
「やめろよっ!!!」
突然声を荒げた凛に、希が一瞬怯む。
ガタンと椅子が音を立て、立ち上がった拍子に身体がテーブルに当たったのか、ガチャンと食器が音を立てたが、凛にはそんなことを気にする余裕もなかった。
「返せよっ!」
希の手から奪おうとするが、希も簡単には返さない。
「な、なに、突然怒ってんの?これ、タカさんへのプレゼントなんだろ?」
(ちがう!!!こんな、こんなものっ)
いや、違わない。
希に対抗して、自分には分不相応なものを購入したのは凛だ。
隆弘の趣味を理解しないで、ただ高級というだけで、プレゼントしようとしたのは凛自身だ。
「やめろよ!返せっ!!!」
とにかく必死で奪い取ろうとやみくもに手を伸ばした時、ガツンと衝動を感じた。
ガシャンと何かが割れる音と、痛みを訴える人の声。
「希っ、大丈夫かっ!」
隆弘が慌てて希に駆け寄る。
「あ・・・・・・」
スーッと血の気が引いてゆく。
(おれ・・・おれ・・・なんてこと・・・)
手に覚えた衝撃は希を突き飛ばしたためで、その衝撃で希はよろけ、落下して割れた皿の上に手をついてしまったようだ。
「ったぁ・・・・・」
希が顔を顰めている。
手のひらから流れる赤い液体。
「とりあえず、手首、押さえて!」
希の傍らに跪き、大丈夫だから、と希に声をかけ、隆弘が凛を見上げた。
「凛。いくらなんでも手を出すのは―――凛っ!」
凛は部屋を飛び出した。
どうしようもなく醜い自分を、これ以上隆弘に見られたくなかった。















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