Aqua Noise







その15






隆弘へのプレゼントの入ったブランドの紙袋を手に、凛はデパートを後にした。
初めての高級店を目の前にしたとき、世界の違いを感じ一瞬戸惑ってしまったが、足を踏み入れると店員は思ったよりも親切だった。
来店した客を差別するような教育はされていないのだろう。
明らかに浮いた客の凛にも丁寧に応対してくれた。
アルバイト先の従業員にプリントアウトしてもらった紙を見せると、在庫が残り1点だったんですよと、実物を見せてくれた。
凛には良し悪しなんてわからないから、即決した。
お金が少し余ったので、これを渡す時にはごちそうを作ろうと決めた。
さきほどブラリとしたデパ地下で、テレビでしか見たこともないような肉のかたまりが売ってあった。
あれを焼いたらきっとおいしいはずだ。
凛が隆弘のために作る料理はいつも特売の材料で作る家庭料理ばかりだ。
隆弘はおいしいと言ってくれるけれども、そんなものばかりでは隆弘に申し訳ない。
(うん、そうしよう!それがいい!)
プレゼントも購入できたし、凛の心は舞い上がっていた。
気がつけばすっかりお昼は過ぎていた。
普段の凛ならこのまま帰宅し、家にある残り物でお昼を済ませるのだが、何だか今日は気分を変えてみようかという気になった。
勉強にもなるだろうから、パンのおいしいオシャレなカフェにでも入りたかったが、そこまでの勇気はなく、隆弘と何度か入ったことのあるファーストフード店に立ち寄った。
オーダーした商品を受け取り禁煙である3階に上がると、平日の昼も過ぎた時間だからか、人はまばらだった。
通りが見下ろせる窓際の席に腰をおろし、ホッと一息つく。
知らぬうちに緊張していたのだろう、ひとくち飲んだオレンジジュースがとてもおいしく感じられた。
毎日職場とアパートの往復で過ごす凛にとっては、行き交う人たちの姿はとても珍しい。
ビシッとスーツで決めたサラリーマン、デパートの袋をいくつも抱えた年配の女性たち。
そして凛と同い年くらいのお洒落な若者は大学生だろうか。
ふと店内を見れば、少し向こうの席では、パソコンやノートを開いて考え込んでいる学生風の男性がいる。
(大学生・・・かな・・・・・・)
高校時代の凛は、学年でも上位の成績をキープしていた。
せっかく通わせてもらっているのだから、中途半端なことができない。
授業に集中して、予習復習をかかさずにいたら、自然と学力が身についた。
普通に高校に通っている同級生たちに負けたくないという気持ちも作用したのかも知れない。
すると、卒業後の進路に進学というもの考えてはどうかと担任が言ってきた。
条件は厳しいが、入学金から授業料まですべてを援助してくれる大学があるらしいことも教えてくれた。
凛自身も勉強が嫌いではなかったし、むしろ求学心は何となく大学を目指す同級生より持っていたと思う。
でも、凛は手に職を付けて早く一人前になる方法を選んだ。
後悔はしていないし、間違ってはいないと思っている。
(けど・・・・・・)
ときどき考えてしまうことがある
両親が健在の、普通の家庭で育っていたら・・・・・・
他の誰かと比べることは自分を否定することになるとわかっていても、ふとした時にそんな風に思ってしまうことがあるのだ。
(仕方ないことなんだけど)
またどうしようもないことを考えてしまったと、ジュースに手を伸ばしたときだった。













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