Aqua Noise







その14






隆弘の実家が少しばかり裕福な家庭であることは、隆弘と希の会話から想像することができた。
隆弘は凛に家のことはほとんど話さない。
それは家族のない凛への気遣いだと勝手に思っていたのだが、もしかするとそうでないのかもしれない。
隆弘と出会ってから今まで、ずっと感じてきたことがある。
生活レベルの差。
現在も然り、小さい頃からの家庭環境然り。
隆弘が時々ポロリとこぼす言葉―おそらく隆弘は無意識なのだろうが―にはソレを意識せざるを得ないニュアンスが含まれることがあった。
隆弘が嫌な気持ちにならないように、もちろん凛自身も卑屈にならないように、気にしないようにしてきたのだが・・・・・・
隆弘と希がふたりでブランドの財布を見せ合っていたあのとき。
凛は隆弘との距離を感じてしまったのだ。
隆弘がファッションにこだわりを持っているのは凛も知っている。
ブランドに詳しくない凛でさえ、隆弘の身につけているものが高級であることはわかっていたし、だからといって隆弘を遠くに感じることなんてなかったのだ。
それなのに、あのとき、凛は複雑な心境にかられた。
希という、隆弘の可愛がっている甥がひとりいるだけで。
希に隆弘との関係を疑われて以後、凛はいろいろと考えるようになった。
もちろん今までだって考えていなかったわけではない。
ただ、あまりに毎日が幸せすぎて、少し安気な気持ちで過ごしすぎていたのかもしれない。
考え事をしていたら、いつの間にかデパートの玄関に着いていた。
ただ人の流れに乗っていただけなのに、易々と目的地に着けるなんて、やっぱり大都会は違うなぁと変な感心をしてしまった。
(いろいろ考えても・・・仕方ないのかな・・・・・・)
どうすればいいかなんて、凛には全くわからない。
(要はオレの気持ちの持ち方次第なのかな)
果てしなく続きそうな自問自答を頭を振って飛散させる。
今日の目的は、隆弘へのプレゼントだ。
隆弘が社会人になってから愛用しているという手帳の金具が壊れてしまったのは、数ヶ月前のこと。
よく見ると、革に出来た染みも目立っていた。
聞いてみれば雨に濡れてしまったとのことだった。
『そろそろ買い替え時かなとは思ってるんだけど、なかなか気に入ったのが見つからなくってさ』
クリスマスか誕生日にプレゼントできればいいなって思っていた。
少しずつお金を貯めれば大丈夫だって思っていた。
高価なものは無理だけれど、凛が選んだものなら隆弘は喜んでくれるはずと思い込んでいた。
でも今ではそうは思わない。
凛と隆弘では価値観が違うだろうから。
そしてそんな隆弘と同じブランドの財布を高校生ながら持っている希。
それが隆弘にとって普通のレベルなのだ。
施設への寄贈品の中に含まれていた合皮の財布を、何年も使っている凛とは違うのだ。
凛は焦った。
隆弘に似合いそうな高級な手帳を買えるのはいつになるんだろう?
お金を貯めても、きっとクリスマスにも誕生日にも間に合わない。
来年?再来年?
そのうちに隆弘は自分で買ってしまうかもしれない。
いや、もしかすると希がプレゼントしてしまうかも知れない。
隆弘が手帳のことを希にも話していたのを凛は知っている。
だからアルバイトの話を受けた。
睡眠時間を削って働いて、臨時収入を得た。
ブランドに詳しい従業員に、いろいろ教えてもらうことができた。
今、凛は隆弘に十分なプレゼントを買えるだけのお金がある。
凛は教えてもらった店を確認するために、インフォメーションへと向かった。
隆弘に高価な手帳をプレゼントすることが、希に対する対抗心であることに、凛は気付いていなかった。














戻る 次へ ノベルズ TOP TOP