8万打記念

グリーングリーン




side naruse




「うっわ〜これシロクマ?」
「陸のアニキ、絵ヘタクソだな〜」
「う、うるせ〜!ほら、おまえらがウダウダ言うから線がはみ出たじゃねえか!」
なんでおれがスケッチブックと格闘しなきゃなんねえんだよ!!!
内心ではブツブツ文句をたれながらもおれは真剣だった。
やっとこいつらから解放され、片岡とまったり過ごそうかと思っていたのに、5分もたたないうちに陸に呼ばれた。
おれは陸が小さいころから父親代わりとして陸の面倒をみてきた。
なるべく甘やかさないように気をつけて接してきたつもりだが、歳の離れている弟はやっぱり可愛いもので、おれは陸にはてんで弱い。
どうやらうまく描けないから手本を見せろということらしいのだが、実のところおれはかなり絵がヘタクソだ。
工作なんかは得意だから手伝ってやったりするけど、絵に関してだけはどうしても苦手で、純平にまかせてきた。
その純平がいないから、おれにお鉢が回ってきたってわけだ。
躊躇いながらも片岡に背中を押され、こうやってシロクマと奮闘しているわけだが。
いいたい放題のこいつらに、さすがのおれもスケッチブックと鉛筆を投げ出した。
「あ、兄ちゃん、中途半端はいけないんだよ?」
―――それはいつもおれが弟たちに言う台詞だ・・・
「いいんだよ!おれのは宿題じゃねえから!それよりほら、とっとと下書きしないと時間なくなるぞ?」
そう言ってやると、コドモたちは慌てて鉛筆を動かし始めた。
こういうところ、素直でかわいいと思う。
集中し始めた陸たちからそっと離れると、見つけた売店でドリンクを購入した。
あと1時間くらいはゆっくりできるはずだ。
片岡とこんな風に外で過ごすことは珍しいから、片岡がオッケーを出したときからおれはかなり楽しみにしていたのだ。
おれも片岡もどちらかというと出不精なほうだ。
長期休暇の際には旅行に出かけたりするけれど、普通の休日はほとんど家で過ごす。
それは、おれが卒業したといっても片岡が教師でおれが教え子という関係が消えないからかもしれない。
卒業したらもっと自由になれるかと思っていたのは大きな間違いで、卒業したからこそ一緒にいるのが不自然なのだ。
同居しているのを知っているのは、おれの家族と二ノ宮くらいのもんだ。
あいにくおれには二ノ宮以外に親しい友人はいないし。
さっき見つけたベンチは陸たちに目が届く範囲でありながらも人通りからは少し目隠しになっている場所だった。
「あれ・・・?」
片岡がいない。
ベンチの上には無用心にも持参してきた大きな袋が置きっぱなしだ。
水筒やらタオルだけでたいしたものは入っていないのだけれど。
トイレかな・・・?
しっかりしているようでどこか抜けている、そんな片岡の性格が表れていて、おれは怒る気にはなれず、ベンチに腰掛けた。
そんな片岡の性格は、一緒に暮らしてみてわかったことだ。
一人暮らしが長いくせに、いや長いからなのか、かなりマイペース。
メシの時間も風呂の時間も毎日違うし、たまにおれの存在を無視してるんじゃないかって思うときもある。
毎日の暮らしの中で気を遣われるのはイヤだけど、それでもかまってほしいときだってある。
マンションに通っていたときのほうがスキンシップが多かった気がしないでもない。
あの頃は何かにつけてドキドキしたものだ。
一緒に過ごせる限られた時間を数分、いや数秒たりとも無駄にしたくなかったから。
それが今ではどうだろう。
お互い空気のような存在といえば聞こえはいいが、会話も減ってきているような気がするのだ。
ヤルことはちゃんとヤッているが、それ以外のスキンシップというか、優しいふれあいというか・・・
いや、ベタベタいちゃつきたいわけではない。どちらかというとおれはそういうのは苦手だから。
・・・・・・・・・・・・・・
ううん、そうじゃない。
甘えたいのだ。
暖かく優しい腕の中に、包まれたいのだ。
おれを自由に泳がせてくれる、ぬくもりを知ってしまったから。
お互い忙しい毎日の生活。
片岡は今年3年生の担任を任されたため、何かと忙しそうで、時には自宅にいるときでさえも生徒や保護者から電話相談を持ちかけられる始末。
おれはといえば、少しでも学費の足しになるようにとバイトを増やしたため、夜は少し遅めの帰宅が続く日々。
家にいる時には、ふたりともリビングで過ごす時間が多いから、顔を合わせない・・・なんていうことはないにしても、それぞれが教材研究やらレポートやらに無言で向かっていることが多くて。
そんな風に思うことは贅沢なことだとわかっている。
だけど・・・そんな生活が物足りなくなっているのも・・・正直なところだった。
だからこそ、今日が楽しみだったのだ。
いつもの場所から開放的な場所へと飛び出し、青空の下でゆっくりと過ごす。
たくさん話をして、たくさん笑って・・・
それにしてもトイレにしては遅すぎる。
まさか大の大人がこんなところで迷子になるなんてことはないだろうが、いささか心配になってきたおれは、荷物もそのままに立ち上がった。
あたりをうろうろ探してみれば、少しばかり入り組んだ、緑の草木でできた塀の向こう側に、片岡らしき人影を見つけた。
後頭部しか見えていないし、しかもこちらに背を向けているから、おれの存在に全く気付いていないようだ。
荷物も放り出して場所を変えて、一体何をやってるんだと訝しく思いながら、それなら驚かせてやろうと、ゆっくりすり足で背後に忍び寄り、声をかけようとした瞬間、片岡ではない声が聞こえておれは慌てて口を押さえた。
―――優・・・くん・・・?
片岡よりも小さな彼の姿を認めることはできないけれど、聞こえてくる声は紛れもない優の声だった。
おれはその場からそっと離れると、二人の姿が見える場所を求めて移動した。
幸いあたりは緑の木々が鬱蒼としていて、少しばかり近づいても見つかりそうにない。
数メートル離れた木陰からおれはこっそり二人の様子を伺った。
どうしてこそこそとしているんだ?
普段のおれなら「こんなとこにいたのか」と何のためらいもなくふたりに合流しただろうに。
自分に問いかけてはみたものの、確かな理由なんてわからなかった。
ただ、片岡の優を見る目が優しすぎて、時折聞こえる笑い声が楽しそうで。
おれはふたりの様子を眺めることしかできなかった。










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