2周年&20万打記念
ふたり×2



        第ニ話




「ここ、洋室と和室があるんだけど」
居のひととおりの説明を聞いた後、和室の座卓を囲んでお茶を飲みながらほっこりしていると、成瀬が口を開いた。

「和室の二間続きを希望してたんだが、あいにく満室だったらしいな」
どうしても露天風呂付の部屋にしたくて、予約の際にはそれを一番優先事項にしたのだ。
前回は、囲炉裏のある小さな和室に、かなり広めの和室の二間続きだったから、大きな和室のほうで雑魚寝状態になってしまった。
それはそれで修学旅行のようだと楽しめたのだが、今回はもう少し落ち着いた雰囲気を楽しみたかったのだ。
格子戸をくぐるとぴかぴかに磨かれた廊下が奥へと伸びている。右手に内湯とトイレ。左にツインベッドの洋室がある。廊下のいちばん奥のふすまをあけると、かなり広めの和室。そしてその和室から続くウッドデッキの先には涼しそうな簾で囲まれた露天風呂が現れるのだ。
青々と茂る樹木たちが日除けと目隠しの役目を果たしていて、日中でも比較的涼しく、水面に映る木漏れ日がキラキラと輝いていた。
「へ〜ここからベッドルームが見えるんだ」
成瀬の言葉通り、洋室と露天風呂は透明のガラス一枚で仕切られていて、スペース同士が直結していた。
「安っぽいラブホみたいだな」
「おまえってやつは・・・プライベート感覚で開放的だとかそういう言い方できないのか、なぁ優くん。っつうか、おまえ、ラブホなんて行くのか?」
成瀬のツッコミを完全に無視した三上の代わりに、優が微かに頬を赤く染めたのを認めて、片岡はクスリと笑った。
「風呂からはわからないけれどベッドルームからは丸見えっていうほうがラブホっぽいと思うけどな」
もちろんこの部屋にはそんな仕掛けはないのだけれど。
「詳しそうですけど、よく行くんですか?」
意地悪そうに三上に問われ、片岡は複雑そうな笑みを浮かべた。
詳しいことは否定できない。とっかえひっかえ遊んでいたころ一番お手軽な遊び場だったのだから。
しかし成瀬とはそういった類のホテルには行ったことがないのだ。
案の定、尖った視線を感じて目を向けると、成瀬がむっつり口をへの字に曲げていた。
失言ではない。経験豊富であることをひけらかすようなことを言ったのは、ちょっとした成瀬への意地悪心だ。
成瀬が片岡の過去を気にしていることは知っている。自分でもかなり派手に遊んでいたことは自覚しているし反省もしている。
しかし成瀬と出会ってからは、自分でも驚くほどに成瀬一筋だ。自分の中にこんなに熱い部分があったのだろうかと思うほどに。
過去はどうあっても消せやしないから、そんなことで成瀬を悲しませたくない。
だけど、時々苛めたくなってしまうのだ。こんな風に。
おそらく元来のいじめっ子体質によるものだろうと片岡は分析していた。
そしてもちろん成瀬の可愛らしい反応を見て片岡は満足したのだったが。
「へぇ〜じゃあさ、あんたはこっちのベッドルーム使いなよ。おれはあっちの和室で優くんと一緒に寝るからさ。たまには畳の上に布団敷いて寝るのもいいよな」
何を思ったのかそんなことを言い出す成瀬に片岡は驚いた視線を向けたけれど、成瀬は知らん振りだ。
そしてこう付け加えた。
「あ、和室の方、たっぷりスペース取らせてもらうから、三上、おまえもベッド行きな」
優くん、あっちで茶菓子でも食おう、なんて言いながら、片岡にすさまじい一瞥を食らわせて、成瀬は優と和室に消えた。








****     *****     *****








「おれとあんた、こっちの部屋らしいですよ」
三上はこめかみを引くつかせた。
(いったいどうしたらおれとこいつが一緒に寝ることになるんだ???)
冗談じゃない。
間接照明がムーディな雰囲気のツインタイプのベッドルームは、シックな色合いで統一され、綺麗にベッドメーキングされている。
(ここに、コイツとふたりでだって???)
三上とてこういう落ち着いた雰囲気は嫌いではない。居候の形になっている優の家では和室を使用しているから畳に布団派。だからこそ外出したときにはスプリングの効いたふかふかベッドで眠りたいと思うのだ。
あの大きな枕に頭を預けて、優を抱きしめたなら、どんなに幸せな時間になるだろう。
想像しただけでおかしな気持ちになりそうだ。
それなのに、どうしてこんなことになったんだろう。
固まったまま同じようにベッドを見つめてる片岡を見ていると、そんな気持ちも一瞬で萎えた。
おそらくはこいつが原因なのだろう。
成瀬は三上と優が恋人同士であることには気づいていないらしいが、逆に三上と優は片岡と成瀬が恋人同士だってことには気づいている。
成績も要領もいい成瀬だが、色恋に関しては酷く鈍感なのだ。大学で同じ時間を過ごすことの多い三上は、あまりの鈍さに頭を抱えることもしばしばあった。
今回の旅行も、成瀬を除く3人にすればダブルデート然りだ。
とり成瀬だけが単なる友人同士の旅行で、優と一緒できることを喜んでいる、ある意味おめでたいヤツなのだ。

成瀬が決めた旅館に連絡して、鼾が煩い連れがいるから部屋をふたつにしてくれ、できることなら続き間でない間取りでとお願いしたのはどこの誰だと思っているのだ。
一緒に来ているのだから、部屋を別にしたからといってコトに及ぼうと企んでいるわけではないが、せっかく遠出しているのだから、夜くらいいつもとは違う雰囲気の中でイチャイチャしたいではないか。
気の合わない片岡もどうやらこの意見には同意だったらしく、何も言わなかった。
ここのところ何かと忙しく優と外出もしていない。近所のコンビにに行くくらいのものだった。
だから三上も楽しみにしていたのだ。この旅行を。
宿に到着して、思ったとおり大満足だった。
山の中の、周りに何もない場所だが、だからこそ旅館内で退屈しないだけの設備が揃っていた。
部屋でゆっくりリラックスできるようにと整えられた内装や調度品にもケチのつけようがなかった。
おまけに予定通りの間取りの部屋をあてがわれ、三上はこの旅行が楽しいものになるに違いないと思っていたのだ。
それなのに、今三上と一緒にいるのは優ではない。
抱きしめればすぐに愛し合うことができるシチュエーションを共にしているのが、片岡だなんて悲しすぎるではないか。
「成瀬に何とか言ってくださいよ。あんただっておれと一緒なんてカンベンでしょ?」
「今何を言ったところであいつは聞きやしないだろう」
「だからって―――」
「何とかするから。とりあえずあっちの部屋に行こう」
片岡の返事に三上はため息をつくしかなかった。








*****     *****     *****








「わぁ〜すごい量だね」
テーブルに所狭しと並べられた料理は創作和風懐石だ。温泉宿としてもさることながら料理の評判もすこぶる高い旅館だけあって、盛られている器にも品を感じさせる料理の数々だった。
この季節に合わせてか涼を感じる食材を使っての懐石料理は見た目も楽しめ、4人は思うままに箸をつけた。
とりどりの揚げ衣が美しく香ばしい串揚げや陶板で焼く和風ステーキ、まるごとりんごを刳り貫き器に仕立てられたグラタンなど、和風懐石といえども男性も満足させるヴォリュームだった。

食事前には、せっかくだからと大浴場に行ってみた。露天風呂付きのそこは最上階にあり、違った眺めを楽しむことができた。
運よく他の客はひとりもおらず、手足を存分に伸ばし、ゆっくりと湯に浸かることができたのだ。
肌触りのよい浴衣に袖を通し、おいしい日本酒も入って、すっかり旅館ライフを満喫中だ。
「は〜もうお腹いっぱい!」
成瀬が腹を抑えてごろんと横になったのを見て、優がくすくすと笑った。
「だって成瀬さん、片岡先生の分も食べちゃうから」
今回は車を使わなかったから、片岡は料理をつまみに冷酒をちびちびやっていた。だから、なかなか料理が減らず、それを横から成瀬が次々に口にしていたのだ。
「もったいないじゃん。こんなウマイもの残すなんて信じられねぇ」
断りもなく隣の皿に箸を伸ばす成瀬に、優は内心ドキドキしていたのだが、片岡は少しも気にすることなく成瀬の好きにさせ、突き出しと刺身を摘みながら冷酒のおかわりばかりを頼んでいた。
もっぱら会話をするのは、成瀬と三上と優で、片岡はそれを静かに聞いているだけだったし、成瀬もわざとなのか、片岡に話を振る素振りさえ見せない。
(あの時からなんだよね)
あの時とはもちろん、部屋についている露天風呂の話をしたときのことだ。
『ラブホみたいだな』とニヤリと笑みを浮かべた片岡に、成瀬が反応したのは確かで、それ以後成瀬は片岡をまるで無視しているのだ。
片岡と成瀬が恋人の関係にあることは優も気づいている。優と三上もそういう関係だから、この旅行はいわゆるダブルデートということになるのだろうが、どうやら成瀬だけがこの状況に気づいてはいないのだ。
それはさておき、優にはどうして成瀬があんな態度を取るのかてんでわからなかった。
片岡が成瀬の気分を害するようなことをしただろうか・・・?
「優くん、露天風呂はどうだった?」
コトンとお猪口をテーブルに置いて、片岡が優に問いかけた。
「え、あ、すごく気持ちよかったです。広いし眺めは最高だし。ね、成瀬さん」
「う〜〜〜もう腹いっぱい!」
優の問いかけには全く関係ないことを言いながら、ゴロンと横になってしまう。
「先生と先輩も来ればよかったのに」
「えっ、なに?優くん、おれとふたりじゃ不満?楽しくない?」
実は大浴場の露天風呂に行ったのは、成瀬と優だけだった。
というのも、片岡がロビーにタバコを買いに、三上がトイレに入るという絶妙のタイミングで片岡に連れ出されたからだ。
いつの間に用意したのか、浴衣とタオルもきっちり小さな袋に準備されていて、成瀬はそれを掴むと逃げるように大浴場へと優を引っ張っていったのだった。
優は成瀬のことをとても気に入っているし、成瀬も優のことを弟のように可愛がってくれるから、成瀬との時間は優にとって楽しい時間だ。
優は思いっきり首を横に振った。
「そんなことないです!ぼく、男兄弟いないし、いつもお兄さんってこんな感じなのかなって思ってます!不満とか楽しくないとか、そんなこと、全然っ!」
「わかってるって!ちょっと言ってみただけ。ゴメンゴメン」
そういいながら手招きする成瀬のそばに寄ってみれば、グイッと手首を掴まれて抱き寄せられた。
「ち、ちょっと、な、成瀬さ・・・・・・」
「成瀬っ、て、てめぇ・・・・・・」
優と三上が同時に叫んだが、そんなことはおかまいなし。素面なのか酔っているのか、全くわからず、不躾に拒むこともできず、優は成瀬の腕の中で硬直してしまった。
三上が成瀬の束縛から優を解こうと、三上に近寄ったが、成瀬はさらにその拘束を強くした。
「え〜これくらいいいじゃん。優くんは今日はおれと寝るんだから。あ、もう寝ようか。疲れたもんね。お布団敷いてもらおう」
そういうと、成瀬は内線電話で、食事の片付けと布団の準備を頼んでしまった。



 





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