2周年&20万打記念
ふたり×2



        第一話




「また温泉〜〜〜?」
成瀬が素っ頓狂な声を上げた。
「この間行ったばっかじゃん!」
ソファに腰掛けひざにおいていた雑誌を放り投げて、成瀬は片岡に視線を移した。
「だけど、おまえだって嫌いじゃないだろ?」
「そりゃまぁそうだけどさ・・・・・・バカの一つ覚えっぽくね?それにオヤジくさい気もするしさ。おれたちはまだしも優くんなんてまだまだはしゃぎたい歳じゃん。テーマパークとかそういう所のほうが―――」
「その優くんの希望なんだが」
「えっ?そうなんだ?」
突然の口調の変化に片岡も苦笑いをせざるをえない。どうやら成瀬はあの素直で可愛らしい少年に弱いらしいのだ。
成瀬だけに限ったことではないだろうが。
片岡は書斎に戻るとA4版くらいのビニール袋をテーブルに置いた。
「それパンフレット。行き先も宿もすべてこっちで決めていいらしい」
「オッケー。ネットでリサーチしてどこかいいところ探しておくよ。おれ、明日休講だし」
仕事が残っているらしく書斎に戻った片岡を視線だけで見送ってから、成瀬は渡されたパンフレットをめくってみた。
パンフレットを見ながら成瀬は思う。
(いつ決まったってんだ???)
恋人である片岡と、大学で親しく付き合っている三上とその同居人の優と、温泉旅行に出かけたのは梅雨のころだった。
あれは片岡がどこからか仕入れてきたモニター旅行だった。
初めての友人とのプライベートな旅行、しかも片岡も一緒だし、おまけに会ったこともない三上の同居人もどんな人物かわからず少し不安はあったのだが、そんな不安は彼を一目見たときに吹っ飛んだ。優は驚くほどに可愛く素直な少年で、ソフトなあたりが心地よくてすぐに仲良くなったのだった。
片岡も同じように感じたらしく、初対面とは思えないほどに意気投合し、充実した楽しい旅行だった。
その後は写真のプリントが出来上がったときに集まって・・・その後はそれぞれの都合でそろって会うことはなかった。
もちろん三上とは大学で嫌というほど顔を合わすし、優とはメール交換で近況を報告し合っている。
また4人で旅行したいとは言っていたけれど、いったいいつの間に日程やら決まったのだろう。
三上はそんな計画があるなんて少しも匂わせてはなかった。
(片岡と三上が連絡を取り合ってた・・・・・・?)
ふたりが楽しげに会話をしている姿がどうしても想像できない。
なぜなら、片岡と三上の間のとげとげした空気を成瀬は感じていたから。
目に見えるほどではないから、最初は気のせいかとも思ったけれど、いちいち突っかかる三上とそれをあしらうような片岡の態度は、意識すればわかるものだった。
だからといって仲が悪いというわけでもなく・・・なんだか微妙なふたりなのだ。
そんな二人が連絡を取り合って旅行の計画を立てるとは到底思えなくて。
(もしかして・・・片岡と・・・優くん・・・???)
それならありえるかも、と思えてしまう。
片岡は優をいたく気に入っていたし、メルアドの交換だって済ませている。
さっきだって、今回の温泉が優の希望だと言っていた。
優は外見だけでなく性格もかわいいし、とにかく素直だ。
それが作られたものじゃないってことは成瀬もわかっているし、だからこそ優を気に入ったし弟のように思っている。
だけど、もし片岡と優が自分の知らないところで仲良くしていたら・・・・・・
(う〜〜〜おれって心狭いのかな)
成瀬はパンフレットに視線を滑らせながら、少し不安めいたため息を漏らした。








*****     *****     *****








特急列車を乗り継いで3時間。駅からタクシーで15分。
車から降りると、酷く立派で近代的な建物を見上げ、優は大きく伸びをした。

「ひぇ〜でっかい旅館だな、こりゃ」
三上の驚いた声に、顔を上げ視線を合わせると、自然と笑みがこぼれる。
「ほんとうですね。ホテルみたい」
「とりあえずチェックインしてしまおう」
タクシーの清算を終えた片岡に促され、4人はエントランスに向かった。
今回の旅行の発端は、友樹だった。
家族旅行で某有名温泉地の超有名旅館に泊まった友樹が、土産を片手に麻野家を訪れ、その旅館の豪華さと利便さを絶賛したのだ。
実は優は大の温泉好きだ。
熱いお湯に浸かっているのが苦になるどころか、いつまででも浸かっていて、のぼせるんじゃないかと心配されるほどだ。
毎日のバスタイムも長いほうし、さまざまな種類のバスソルトを買ってきては試すのが楽しい。
だけどやっぱり家の風呂は家の風呂であって、それなりに広いとはいっても、手足をゆっくり伸ばすこともできない。
だから常日頃から言っていた。
『またみんなで温泉に行きたいね』って。
そして、友樹が持ってきた饅頭に手をつけるのも忘れて話に聞き入っていた優に、三上が言ったのだ。
『じゃあ、みんなで行くか?』って。
残念ながら友樹と崎山は都合がつかなかったが、片岡と成瀬は大丈夫だったらしい。あれよあれよという間に、日時も場所も決まっていて、優は三上と待ち合わせに向かうだけだった。
「なぁ、優くん」
待ち合わせ場所で顔を合わせたときから何かいつもと雰囲気が違った成瀬に声をかけられた。
「はい?」
「―――ううん、なんでもない。さ、行こ」
成瀬に腕を引っ張られ、訝しく思いながらも、優は旅館の玄関へと急いだ。








*****     *****     *****








「すっげ〜広ぇ」
「うっわ〜今回も部屋に露天風呂がある!」
優の驚の混じった嬉しそうな声に、三上は満足そうにほほを緩めた。
いけすかない片岡と連絡を取り、今回の旅行を取り付けた甲斐があったと、心中でほくそ笑む。
優のためだったらプライドをほんの少し崩してもいいかと思う。
優の温泉好きは三上も周知のところで、見せてもらった優のアルバムには温泉地の写真が多い。
そんなに遠くには行かないでも、冬になると近場の温泉に家族で出かけていたのだと、いつか語ってくれたことがあった。
反対に三上は家族旅行の経験なんて一度もない。
母子家庭だったし、母親はとにかく稼ぐことに必死だった。
おそらく三上に父親のいない負い目を背負わせたくなかったのだろうと思う。
おかげでそれなりに不自由なく育てられたという実感があった。
ただ、母親の一生懸命さゆえに、のんびりふたりで過ごしたという記憶は皆無に等しいのだが。
だが、その母親が亡くなっても、高校を卒業し、大学に進学できるゆとりを遺してくれたことには感謝している。
今も奨学金とアルバイトで足りない分は埋め合わせ、社会人になるまでは遺してくれた蓄えを使わせてもらうことに抵抗はなかった。
優も家族を失っているが、明らかに三上よりは思い出という宝をたくさん持っていることに三上は納得していた。
三上の知っている優の家族は、優しく温かく、三上も大好きだったのだ。
三上を慮ってか、優は家族の話をほとんどしない。
だから、たまに優の口から小さなころの思い出が語られると、三上は自分のことのように嬉しくなるのだった。
今は、優が三上の唯一の家族であり、優にとっても三上が唯一の家族だ。
たとえ血がつながっていなくても、同じ籍に入っていなくもて、お互いが父親であり母親であり、兄であり弟であると思っている。もちろん恋人であることを前提としての話だが。
楽しそうな優を見ていると三上も楽しいし、もっといろんな幸せを与えてやりたいと思う。
そうすることで、三上も幸せな気持ちになることができるから。

 





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