紫陽花の咲く頃
       三上&優


        第六話




部屋に戻ると、成瀬たちはまだ戻っていなかった。
「やっぱりゆっくりしてるな?このまま帰ってこなかったりして…」
冗談ぽく、でも本心のような台詞を三上が発した時、玄関のドアが開いた。
「もうふやけそ〜。あれ?浴衣に着替えたのか?」
「汗流すのに、そこの内風呂使ったんだ」
三上の言葉を聞いているのか聞いてないのか、成瀬は開けはなれた障子と窓から庭を眺めていた優のそばにつつつと寄って行き、体調はどうかと世話を焼いている。
向かいに座った片岡に三上は、少し意地悪っぽく問いかけた。
「長いフロでしたね〜。よかったですか?」
「きみたちだって、よかっただろ?」
やっぱりバレてる…三上は確信した。
「なあ、お土産見に行こうぜ」
成瀬の一言で会話は打ち切られ、部屋では食事の配膳もあるということで、旅館内の土産物店に向かった。












兄弟のように仲良くはしゃぐ成瀬と優を尻目に、三上と片岡は柔らかな白橙色の照明に包まれたロビーのソファに身を沈めた。
煙草を咥えた片岡にマルボロを差し出され、躊躇いながら一本拝借すると、ライターが近づいてきた。
久しぶりの一服にふうっと息を吐くと、片岡がニヤリと笑った。
「―――もう長いんですか?」
三上が先に口を開いた。
「二年…かな?知り合ってからはもう五年」
「二年!五年!」
三上は驚いた。
自分たちは、知り合ってからは二年だけれど、本当の意味での付き合いはまだ三ヶ月と少しだ。
それに身近に同じような恋愛をしている人がいることにも驚いた。
「きみたちは、まだ浅いらしいな」
バカにされたようでムカッときた。
「付き合いの長さなんて関係ないでしょ?愛が深ければそれでいいじゃないですか!」
歯の浮くような台詞が自然と口からこぼれた。
突然の三上の怒りっぽい口調に、片岡は一瞬目を見開いたが、次の瞬間にはククッと笑いを噛みしめていた。
「すまない。そういう意味じゃないんだ。ただ、初々しくていいなあと思っただけだ」
真っ直ぐ向けられた視線にウソはなさそうだ。
「おれこそ、すみません
素直に謝る気になったのはどうしてだろうか。
「きみの話は、成瀬から聞いてる。あまり友人を作るタイプじゃないあの子から君の名前は頻繁に聞かされた。あまり深く立ち入らない付き合いだけど、たぶん一生の友人だってね」
「おれも…そう思ってます」
ふたりは、短くなった煙草を灰皿に押し付けた
「きみに会ういい機会だったしよかったよ。たぶん友人を連れてこいと言えばきみをつれてくることはわかっていたし…おそらくきみの同居人も一緒にね」
「おれは、成瀬にあなたのような人がいるなんて知りませんでした。モテるのにオンナと付き合わないなぁって疑問に思ってましたけど」
「成瀬もそう言ってたよ。三上はすっげえモテて、路上ライブなんてしてるから有名人なのに女の子と付き合わないってね。学内では自分と三上がホモじゃないかってウワサもあるとか…」
三上は驚いた。それは初耳だった。
「まあそれならそれでいい隠れ蓑だなんてほざいてたけどね。あいつ、頭はいいけど抜けてるところもあるから、君と同居人の関係なんてこれっぽっちも気づいてないみたいだし」
「お互いちょうどよかったってことですかね」
三上はおかしかった。
不毛な恋愛をしているオトコ四人が連れ立って温泉に来ている。
しかも同じ部屋に四人で泊まる。
世界は広しとも世間は狭い。狭すぎる。
「でも、おれオトコ好きなわけじゃないですから」
今さらながら三上は慌てて付け加えた。
「おれだって、どっちかつうとオンナ好きだ。なんとなくわかるんだが、きみも遊んだクチだろ?」
片岡が自信ありげに三上を見た。
三上もそう思っていた。
なんとなく似ている。自分とこの片岡という人間は…
「まさか、成瀬って、あなたが初めてだとか?」
ぶしつけな質問が思わず口からこぼれた。
「まさか、優くんも?」
どちらからともなく笑い出す。
シチュエーションまで似ているなんて、偶然もいいところだ。
「何、楽しそうじゃん!おれらもまぜろって!」
何やら、たくさんの袋をぶら下げた成瀬が片岡の肩口から顔を出した。
「先輩、友樹へのお土産、一緒に選んでくれませんか?」
優が、にこやかな笑顔を三上に向けた。
「優くんさ〜おれの土産は選んでくれたんだけど、自分のはおまえと選ぶって聞かないし。おれ、ふられちまったよ」
ほとほと悲しそうな成瀬に向けられる片岡の視線が、とても柔らかいのを改めて感じ、三上はソファから立ち上がった。
「じゃあ、十五分ほどしたら戻りますから」
片岡に断りを入れると、片岡はひらひらと手を振った。
成瀬は、楽しそうに店へ向かうふたりを、心なしか淋しそうに見送った。

 





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