紫陽花の咲く頃
       三上&優


        第七話




「じゃあ、約束通り露天巡りに行こう、優」
豪華な懐石料理を堪能した後で、三上は優を誘った。
「なら、みんなで行こうぜ?」
ノリノリでいそいそと風呂の準備をし始めた成瀬を片岡が止めた。
「おまえは、もう手形を使いきったろ?入りたいのならそこの内風呂を使え!」
ギロリと成瀬に目を向けた後、三上を一瞥する。早く行けとの合図のようだ。
三上は、優と連れ立って旅館の外に出た。




 








一行にとっては少し早い夕食だった。
本当は今頃から宴会などが始まるのであろう、温泉街の小道は人気もなく、街灯の明かりと店の照明が夜道を照らしていた。
「ちょっと山手だけど、星がきれいに見える温泉があるってさ」
先ほど温泉マップで見つけた『満天の湯』という温泉について話をすると、植物やら星やら自然の産物が大好きな優は目を輝かせた。
温泉街の中心を走る小さな川に架かる橋上で立ち止まり、川上を望むと、ごつごつした岩の間を流れる水のせせらぎが耳に入り、涼しさを演出する。
川に沿って、いくつかの旅館が立ち並んでいた。
細い坂を登りきり、メインストリートをさらに奥へと進み行くと、目指す旅館が現れた。
温泉手形を見せ、露天風呂へと向かう。
「先輩、『満天の湯』って混浴って書いてありますよ?」
優に指摘され、案内板を確認すると、混浴の文字。
「どうする?」
「どうしよう?」
そこは、まだまだ若いふたり。さすがに混浴には抵抗があった。
しかし、誰もいないかもしれないし、誰も入ってこないかもしれない。
せっかく来たのに、もったいない気も三上にはあった。
「とりあえず入ってみようぜ?」
しり込みする優を強引に引っ張り、脱衣所に足を踏み入れた。
「優、誰もいないぞ?」
「―――いなさそうですね」
脱衣籠をチェックしていた優は、少し安心したようだった。
さっさと浴衣を脱ぎ、扉を開けると、かなり大きな露天風呂が現れた。
>「広〜い!」
かかり湯をすると、優はコドモのようにドボンと湯船に飛び込んだ。
つられて三上も飛び込む。
広い湯船の中心に置かれている平らな岩にもたれかかり頭を預け天を仰ぐと、その名の通り、キラキラと輝く無数の星が飛び込んできた。
まわりの建物が低い造りとなっていて、オープンなロケーションが楽しめる。
照明も必要最低限しか設置されていないため、夜空の星がますます映えて瞬いていた。
その口調だけで、優がうっとり星空を満喫しているのがわかり、三上はこの上なく幸せな気分になる。
「『満天の湯』ってものウソでもないな。どんなものかと思ってたけど…」
目が慣れてくると、どんどん星の数が増えていく。
ほんの僅かの輝きしかもたない星たちもその姿を現してくる。
しばし天を仰いでいると、チャプチャプと水音がし、湯が揺れた。
湯面からはみ出した肩に重さが加わる。
「先輩、くっついたら熱いですか?」
お湯の熱さのせいか、優の肌の熱さのせいか、三上は身体の芯が熱くなっていくのを感じた。
優のほうに目を泳がせると、頬を薄紅に火照らせて、黒い大きな瞳で三上を見上げている。
「熱くないよ」
肩を抱き、少し濡れた黒い髪を指でくるくる弄ぶと、優はふふっと笑いを漏らした。
頬を撫でると、くすぐったいと声を上げる。
内風呂に入ったときは、近づくと欲求が爆発してしまいそうだったのに、こんなそばにいる今、とてもおだやかな気分でいられるのは、いつ誰が入ってくるかわからない、そんなシチュエーションのせいだろうか?
それとも満天の星空のせいだろうか?
「先輩、こんなところに連れてきてくれてありがとう」
優は、甘えるような声で囁いた。
「それは、今頃何やってるかわからないふたりに言うべきだな」
「じゃあ、何か差し入れ買って帰りましょうか」
「そうだな、もちろんアイスだろ?」
「でも、こんな温泉地にはハーゲンダッツはなさそうですけど」
からかい混じりの優の言葉も三上はうれしくて仕方ない。
こんな風な口を利くようになったのはごく最近のことで、それまでは遠慮がちにしか話さなかった優だから。
視線が合うと、引き合うようにくちびるが重なった。
今日だけで、一体何度のくちづけを交わしただろうか。
啄むような軽いキスを数回交わすと、三上は優のおでこに自分のおでこをくっつけた。
「今度は、ふたりで来ような?優」
優はにっこり頷き、照れるように睫毛を伏せた。<
「もう少し、この星空を満喫して帰ろうぜ?何か星の話してくれよ、雑学博士さま!」
「雑学だなんて失礼ですよ!れっきとした天文学の知識なんですからね!」
ぷっとふくれながも、話し始めた優の言葉に耳を傾け、三上は幸せをかみしめた。













 


たとえ血の繋がった家族がいなくても、優がいればそれでいい。
たとえ声が出なくなって歌が歌えなくなっても、優がいればそれでいい。
たとえ周りに認められなくても、優がいればそれでいい。
いつまでもずっと、同じ空を、同じ視点で見ていたい。
きらきら瞬く星を見つめながら、三上は幸せを願う。
ずっとずっと、ふたりで生きて行けますように……




END

 





back next novels top top