紫陽花の咲く頃
       三上&優


        第五話




やっと温泉に身を沈める。
目隠しの向こうは、青々としげった竹林。
落ち着いた風情が心も身体もリラックスさせる。
それほど暑くもない湯加減なので、長く入っていても疲れなさそうだ。
三上は、岩にもたれて手足を伸ばした。
家の風呂も小さくはないが、これの比ではない。
優に目をやると、優も身体を伸ばして目を閉じて、気持ちよさそうに湯船につかっていた。
水音を立てないようにそっと優に近づくと、その黒髪に指を伸ばした。
びっくりして瞼を開いた優の大きな瞳に映る自分の姿に笑みがこぼれた。
ゆっくりくちびるを寄せると、優は目を閉じた。
くちびるの柔らかさを楽しむだけの軽いキスだけで、三上はくちびるを離した。
温泉の温かさで赤く火照った頬が、少し潤んだ瞳が、三上にその先を訴えかける。
「煽るなよ、優」
三上の言葉に、優はさらに頬を赤く染め、睫毛をふせた。
こんな無防備な状態で、お互いの熱をぶつけあうようなキスをかわしたら、もう止まらなくなる。
外ではクールで通っている三上であるが、こと優のこととなると、自制心が揺るぎ、どうにもならなくなると自覚しているのだ。
あまりくっつきすぎると、せっかく保った自制心がぐらつきそうなので、少し距離をとって肩を並べた。
さわさわと竹林が音をたて、癒しのメロディのように耳に和む。
目を閉じて、その優しい調べに包まれてリラックスしたいのに、どうしても隣りの優に意識がいってしまう。
ちらりと横目で見やると、湯船から顔を出している白い肩が目に入った。
優はれっきとした高校三年の男子だ。
しかし男臭さは全くないし、骨格だって下手をすればその辺のオンナよりも細いかもしれない。
体毛は薄いし、肌は透き通るように白い。
それでもやっぱり、丸みのない角ばった身体に、ふくらんだ胸もない、三上と同じつくりの男なのだ。
なのにどうしでこんなに愛せるのか。身体に欲情するのか。ふれたいと思わせるのか。
今ここに、ハダカのオンナが擦り寄ってきても、おれは優を選ぶだろうと、三上はひとり考えていた。
「先輩?」
「な、なに?」
浅ましいことを考えていた三上は、ドキリとした。
「さっき、近辺の地図を見たら、『あじさい通り』というのを見つけたんです。今ちょうどシーズンだし、お風呂から出たら、見に行きませんか?」
「そうだな。散歩しようか。じゃあ、そろそろ出よう」
ハダカでいたらろくなことを考えないと、三上は勢いよく湯船を飛び出した。












もう夕方だというのに、陽は一向に沈む気配がない。
そういえばもうすぐ夏至。いちばん太陽が長く顔を出す季節だ。
そろいの浴衣にカランコロンと下駄を鳴らし、大きな通りをふたりで歩く。
温泉街から外れたこの大きな通りは、たまに車の行き来があるものの、歩いている人は誰もいなかった。
これ幸いと三上が手を差し出すと、外でのスキンシップを嫌う優も、旅という開放感からか素直に手をとった。
「あ〜、紫陽花!」
さすがにあじさい通りというだけあり、道路脇に鈴なりに紫陽花が咲いている。
濃いブルーの大きなぼんぼりが、無機質なアスファルトの道路を艶やかに着飾っている。
遠目から見ると、入学式や卒業式に飾られる、ペーパーフラワーのようだ。
三上と優は、特に密集して咲いている場所にしゃがみこんだ。
「紫陽花って、小さな花が集まって、ひとつの形を作ってるようにみえますよね」
優の言葉に、三上はふと思い出した。
「小さい頃に読んだ絵本の『スイミー』みたいだな」
すると、優がクスクス笑い出した。
「何がおかしいんだ?」
だって、先輩…なんかカワイイ。『スイミー』って…」
「バカにしたな?そんな優にはおしおきだ!」
笑いが止まらないらしい優のくちびるを、三上が強引にふさいだ。
先ほど風呂で交わしたキスよりも深いくちづけを優にぶつける。
外であるという現実に、優は必死で逃れようとするが、三上は強引に舌を滑り込ませた。
優の羞恥とは逆に、往来の道端であることが三上を燃えさせるのか、好きなように優の舌を絡めとり、蹂躙すると、しだいに優もそれに応えるように三上の舌を吸い上げた。
コバルトブルーの紫陽花に囲まれ、交わした情熱的なくちづけが、いつもとは逆にだんだん啄むような軽いキスに変わっていく。
瞳がかち合い、三上が目尻を下げると優も微笑む。
こんななんでもない時間でさえ、ふたりには幸せの時間だった。
まだ少し高い位置にある太陽が、ほんのり空を明るいオレンジに染め始めた。
「そろそろ帰ろうか」
名残り惜しいが、いつまでもふたりでいるわけにも行かず、宿に戻ることにした。
紫陽花を眺めながらきた道を引きかえす。
「紫陽花の花言葉、知ってますか?」
「おれだって、それくらい知ってるよ?よくない言葉だよな?『移り気』じゃなかった?」
「半分正解です。実は青色だけ違う意味があるんです」
「青色だけ?」
「青色だけ『忍耐強い愛』なんですって」
「『忍耐強い愛』…か」
三上はその言葉を繰り返した。
「ぼくたちって、世間から見ればマイノリティーじゃないですか。悪いことをしてるとは思ってないけれど、やっぱり認めてもらうのは難しいことで…。そんなぼくたちにぴったりですよね」
それっきり、優は黙り込んでしまった。
「優、来年は庭をブルーの紫陽花でいっぱいにしようぜ。おれたちの気持ちがかわらないことを記念に」
明るい口調の三上の提案に、優はにっこり頷いた。





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