紫陽花の咲く頃
       三上&優


        第三話





有名な湯布院・別府温泉と阿蘇山との間に位置ずる黒川温泉は、今巷で人気の温泉スポットらしい。
不便な山間にたたずむこの温泉は、まだまだ隠れ家的存在だ。
一行が宿泊する『黒川荘』は、この温泉郷の中でも一軒離れた場所にあった。
来た道からすれば、いちばん手前。
片岡はするするとその駐車場に車をすべりこませた。
大きな岩が敷かれた小道を進んでいくと、土壁で茅葺の門が見えた。
そこをくぐると、落ち着いた玄関。
「すっごいですね〜」
出かけてもホテルに泊まることが多い優は、この懐古的な風情が珍しいのだろう、きょろきょろ落ち着かない。
片岡はフロントで宿泊の手続きを済ませると、待っている三人に手招きをした。
「離れはこの奥だそうだ」
作務衣を着た女性に案内されラウンジ棟を抜けると、鬱蒼と茂った木々に囲まれた土壁に茅葺屋根の建物が見えてきた。
あれが離れらしい
案内された一戸建てに足を踏み入れると、土間に手水が設置されていた。
ふすまの向こうは、艶やかに磨かれ光を放つ板間に囲炉裏。その向こうに和室。
「優くん、手、洗おう」
成瀬と優は、コドモのようにはしゃいでいる。
仲居の手前、三上は片岡と和室に腰を下ろした。
この手形で、黒川温泉のどのお風呂でも利用していただけます。
ただし三ヶ所に限りますのでお気をつけくださいね」
夕食の時間を確認すると、仲居はあいさつをして部屋をあとにした。
「やっぱさ〜冬にくればよかったな。でないと囲炉裏に火が入らないじゃん」
文句を言いながらも、成瀬は囲炉裏端に腰を下ろしている。
「先輩っ、こっちこっち!」
変なドアから顔を出した優に誘われて、三上は立ち上がった。
優の居る場所は洗面所らしい。
奥に歩を進めると、そこは小さな岩で造られた露天風呂だった。
「部屋に露天風呂がついてるなんて…すごいですね!」
少し白く濁ったお湯に、手をひらひらと泳がせている。
「黒川温泉のどの温泉も入れる手形も貰ったぞ?」
「すご〜い!ふやけそうですね、先輩」
 満面の笑みを浮かべる優に、三上はこの計画に乗ってよかったと、心から思った。
「なあ、晩メシまでに温泉行こうぜ!バンバン入らないともったいねえから。わっ、こんなとこにまで露天風呂かよっ!身体足りねえっつうの。なっ?とにかく、先に外の風呂行こうぜ」
顔を覗かせた成瀬はそれだけ言うと、さっさと支度をするために部屋に戻っていった。
「おれたちも用意しようか」
そこで、三上はあることに気づいた。
温泉に入るっつうことは、大衆の前で肌をさらすということで……
「優っ。昨日の跡……」
「あっ!
そうだった。明日は四人で寝るから愛し合えないと、昨日抱きあってしまったのだ。
ほんの一回だけだけれど、優の肌には、キスの跡が残っているに違いない。
がっくり肩を落とす優に、三上はたまらなく自分が嫌になった。
欲求のままに抱きあってしまった報いなのだろうか。
温泉のことなんて何も考えていなかった……
「ちょっと見せてみろ?」
優のシャツをめくってみる。
薄くなってますようにと祈りながら……
祈りは通じなかった。
胸に、脇腹に、はたまた首筋に情事の跡が、その愛を主張するように残っている。
「ぼく、体調悪いからって残ってますから、先輩、行ってきてください」
気を取り直して笑う優に、三上は心をしめつけられる思いがした。
「じゃあさ、人が少なくなったら一緒に行こう。
成瀬たち以外なら少々見られたっていいしさ。なっ?」
「でもせっかくなのに―――」
「おれは、優と一緒ならそれでいいの!だからそうしよう。
あいつらだって、ふたりのほうがいいって…そう思わない?」
この路程の間に三上は確信した。
成瀬と片岡は、ただの知り合いじゃないと。それ以上の関係だと。
お互い言いたいことを言いながらも醸し出される甘く優しい雰囲気は、恋人同士のものだ。
「先輩もそう思いました?ぼくも何となく…」
「じゃあ決まりな。優の体調が悪いことにしよう」
優の手を取り、部屋に戻った三上は、ふたりに事情を説明した。
心配する成瀬とは反対に落ち着き払った片岡が、ふっと先ほどのような意味深な笑みを漏らしたのを見てとった三上は、ウソがバレているのだろうかとドキリとしたけれど。





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