紫陽花の咲く頃
       三上&優


        第ニ話




こいつが今回の旅行の発案者。おれの連れ」
出発の日、待ち合わせの駅前に車でやってきた成瀬の連れを見て驚いた。
どうみたっていいオトナじゃんか……
連れと聞いていたから、同い年くらいかと思っていたのに、現れた長身のオトコはどうみても二十代半ば。
加えてかなりの美形。
成瀬もかなりのルックスの持ち主だが、それとは違う魅力の持ち主。
一体どういう関係なんだと三上は勘ぐってしまう。
銀縁の眼鏡の奥の瞳は、くせのありそうな輝きを放っていた。
「三上くんだったね。片岡です、よろしく。えっと、君は―――」
片岡は、三上の横に寄り添うように立っている優に視線を移した。
優はかなり人見知りするタイプだけれど、きちんと挨拶はこなす礼儀正しい子だ。
「三上の高校の後輩で、麻野優です。今回は、お誘いいただきありがとうございました」
ぺこりと頭をさげた優につられて、三上も頭を下げた。
「こっちこそよかったよ。当たったはいいものの四人で来いって注意書きがあるし、かといって無駄にするのももったいないし。最後にちょっとしたアンケートに答えなきゃいけないんだけど、いいかな?」
あんた、それって、モニターってこと?」
「まあ…そんなもんかな?タダだし仕方ないだろ?」
ふたりの突然のケンカモードに驚いた三上は、こんなところでケンカされては堪らないと、出発を促した。
片岡が運転席に、成瀬が助手席に、三上と優は後部座席に乗り込んだ黒のビートルが発車した。
「四時間ぐらいかかるらしいから、自由に過ごそうぜ。寝たい時は我慢せず寝ていいから」
成瀬は勝手知ったるように、カーステに手を伸ばし、FM局をオンエアした。
「優くんは、何年生?」
「今高校三年です」
「三上と一緒に住んでるんだって?」
「はい…」
それ以上のことを成瀬は聞かない。
三上が成瀬と二年も付き合っているのは、人のプライベートにズカズカと入ってこないところが気に入っているからだ。
同じ講義も多いし一緒に学食で昼メシを食うことも多いから、ある程度のプライベートに関しては知っているけれど、それ以上のことを聞いてくることもなければ聞くこともなく、お互い心地いい関係を保っている。
だけど、情が薄いわけではない。
困っていることがあれば助けてやるし、相談があれば乗ってやる。
三上にとって成瀬は、理想の友人だった。
そんな関係だから、大学に入学して以来の付き合いなのに旅行なんて今回初めてだし、お互いの大学外での知り合いに会うのも初めてだった。
三上が成瀬と片岡の関係を疑問に思うように、成瀬も優との関係を不思議に思っているのだろうか。
赤の他人が、同居しているなんて、おかしいと思っているのだろうか。
「あっ!」
FMから流れる曲に優が声を上げた。
「もしかして、優くん、コレ好き?」
成瀬が振り返って、目を輝かせる。
「はいっ。成瀬さんも…好きですか?」
「おれも好き好き。いいよなぁ。和み系だよな〜。優くんどの曲が好き?」
ふたりが楽しそうに音楽談義に花を咲かせているのを、三上は静かに聞いていた。
楽しそうな優を見ているだけで、三上も心が癒される。
成瀬には弟が三人もいるらしいから、きっと優くらいの年齢のオトコの子の扱いもうまいのだろう。
あまり口数の多いほうではない優も、成瀬に会話を引き出されて、饒舌になっていた。
すっかり意気投合した優と成瀬は、途中休憩に寄ったコンビにでも、ふたりしてお菓子やジュースをえらんでいた。
「すっかり置いてけぼりをくらったようで淋しいね〜」
ずっと運転をしていた片岡が、煙草に火をつけ話しかけてきた。
「片岡さんは、成瀬とは…友達なんですか?」
三上は口に出して問うてみたものの、今まで踏み込まなかった部分に足を踏み入れてしまったような罪悪感にさいなまれた。
「あいつは何て言ってた?」
いえ、別に…連れだって」
ふうっと白い煙りを吐き出した片岡は、眼鏡の奥から探るように三上を見た。
「では、きみと優くんはどうなんだい?」
「それは……事情があって同居してるんです」
それはウソではない。同居でなく同棲かも知れないけれど。
意味深な片岡の言葉に三上は戸惑った。
コンビニで食料を調達してきたふたりは、ガサガサと袋を探っている。
再びハンドルを取った片岡に「あんたはコレなんだよな」とフタを開けてペットボトルを渡す成瀬を見ていると、言葉遣いは乱暴なのに、二人の間の和やかな何かを三上は感じる。
それを、うれしそうに受け取る片岡の目も、どことなく優しげだ。
「はい、先輩」
差し出されたのは、ハーゲンダッツのクッキー&クリーム。三上の大好物。
「三上が甘党だったなんて知らなかったな〜。そんな外見で甘党って……」
おかしそうに笑い出す成瀬にきつい眼差しを向けると、隣では優が「ごめんなさい」と謝る。
「ぼくが先輩の大好物だってカゴに入れたから…」
感情を表に出さない三上がいちばん弱いのが、こういう優の姿だ。
「優は悪くないよ。おれの好きなもの買ってきてくれただけじゃん。いちばん悪いのは、人を見かけて判断するヤツなんだよっ、なあ成瀬」
「悪い悪い。ついおかしくって…。ほら、食べちまえって。せっかく優くんがおまえのために買ってきたんだからさ」
「で、おまえはおれに何を食わせてくれるんだ?」
片岡が成瀬に問いかけた。
「おれたちはオトナだからさ。これこれっ」
成瀬がうれしそうに袋から取り出したのは、ガンダムのオマケつきのお菓子の箱だった。
「あんた、これ集めてたもんな。あそこのコンビニたっくさんあった
ら買い占めてきてやったぞ?」
次から次へと箱を開け、お菓子とオマケを分け始めた成瀬に、三上と優は、肩をすぼめて笑った。
そして、そんなコドモのような趣味をバラされた片岡は、終始無言で、固まったように前方を向いたままだった。





back next novels top top