紫陽花の咲く頃
       三上&優


        第一話




じめじめした梅雨の暑さと灰色の厚い雲が鬱陶しい気分にさせる。
まだ冷房のかからない教室は、こと男が大半を占める講義においては苦痛のなにものでもない。
むせ返るような熱気と暑さ。
こんな日は、家でゆっくり過ごすに限ると、午後の自主休講を決めた三上は終了の知らせと同時に席を立った。
「三上、話があるんだけど……昼メシ一緒に食おうや」
成瀬がにこやかに声をかけてきた。
入学式でたまたま隣りの席についたこと、必須語学の講座が同じクラスだったこと、さらに好みが似ているのか一般教養で選んだ講義がほとんど同じだったことなど偶然が重なり合って、今では最も気のあう友人のひとりである。
「おれ、昼から自主休講に決めたんだけど」
三上は、今にも雨粒が落ちてきそうな空をちらっと見上げた。
「なら、おれも帰るわ。出席とらない講義だしな。じゃあ…外でメシにしようぜ」
ふたりは並んで歩き出した。













やっぱここの出し巻き定食はうまいよなぁ。一度優にも食べさせてやらなきゃな……
「―――で、都合どう?……三上…聞いてんのか?」
「あっ、悪い悪い。で、なんだっけ?」
成瀬が呆れ顔でサバ煮込み定食をつつきながら、話を続けた。
「だから、今週の土日に温泉に行かないかって」
「温泉?おれと…おまえとふたりでか?」
素っ頓狂な声を上げた三上に、成瀬は箸を止めた。
「おまえ、何も聞いてないな。今度はちゃんと聞けよ」
念を押して、成瀬はその経緯を一から話しはじめた。
ここは、大学近くの定食屋。
午後の授業のない時に、ゆっくりとメシを食える学生に人気の店だ。
ボリューム満点ながら学生料金のため、店内はほぼ満席状態。
成瀬の話はこういうことだった。
知り合いが温泉四名様ご招待券を抽選で当てたらしい。
せっかくだしもったいないから、友人をふたり連れて来いという。
てなわけで、三上に声がかかったのだ。
「三上、確か同居人いるんだよな?オトコだろ?連れてきていいからさぁ。オトコ四人つうのもむさくるしいけど、こういう機会もないし。足はまかせてくれ。おれの連れが車持ちだからな」
足代を割ったにしても、おいしい話に違いない。
おまけに優を連れていけるなんて願ったり叶ったりだ。
「場所は?」
「熊本の黒川温泉。しかも宿は離れの上等な部屋らしいぜ?」
三上と優は、よく出かけるけれど、なぜだか温泉には行ったことがなかった。
それに黒川温泉といえば、今人気の温泉だが、車でないと行けない少し交通の便が不便な場所だった。
「OKわかった。その話乗った!」
「おしっ!じゃあ時間等は後日なっ」
交渉が成立してほっとしたのか、成瀬はガツガツと定食を食べ始めた。





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