紫陽花の咲く頃
      片岡&成瀬


        第八話




夕食の後、露天風呂に行くという三上と優に、成瀬も一緒に行くと言い出した。
明らかに戸惑いの表情の三上に片岡は助け舟を出してやる。
「おまえは、もう手形を使いきったろ?入りたいのならそこの内風呂を使え!」
しゅんとする成瀬を尻目に、三上は優を連れて、玄関を出て行こうとしたとき、ふと片岡に向けて人差し指を一本立てた。
どうも一時間は帰らないという合図らしい。
足音が遠くなったのを確かめてから、片岡は意気消沈した成瀬に近づいた。
「おまえはそんなに優くんがいいのか?」
低いトーンで問いかけると、成瀬ははたと顔を上げた。
「おまえはおれとふたりはイヤか?」
「そ、そんなわけ…ないじゃんか…」
こういう状況の成瀬は非常に扱いやすい。そして可愛くもある。
背後にはすでに延べられた布団が行儀よく四組並んでいる。
ここで四人がおとなしく寝るのかと思うと、片岡はとんでもなくおかしかった。
立ち上がると、洗面所からバスタオルを手に部屋へと戻る。
座り込んだまま不思議そうに見上げる成瀬をいちばん奥の布団へと連れ込み、バスタオルを敷いた。
「何これ?」
「布団汚したら困るだろうが」
考える間を与えず、押し倒す。
「ち、ちょっと。い、今すんのか?」
「今じゃなくていつするんだ?まさかあのふたりの前でするのか?」
押し返す手を押さえつけ、浴衣のひもを解くと、はだけて露わになった肌に、指を這わせる。
「けど、帰ってきたら―――」
「大丈夫だって。ゆっくりしてくるって言ってたから」
まだ、何か言いたげなくちびるを強引にふさぎ、舌を絡ませると、成瀬も抵抗しなくなった。
温泉では打たれ湯が湯面にぶつかる音で聞こえなかったくちづけの際の淫靡な水音が、ダイレクトに耳を刺激し、ますますふたりを煽り立てる。
しびれるほど舌を絡め、吸い取り、くちびるを離すと、瞳を潤ませた成瀬の少しピンクに色づいた頬と、唾液で濡れて光ったくちびるが、より扇情的に片岡を誘った。
「今度はおれがしてやる」
身体を反転させると、成瀬は片岡に覆いかぶさった。
「おれ、あんたの眼鏡なしの顔、すげえ好きなんだ…」
思っても見なかった成瀬の言葉に、片岡は口角を上げ、にやっと笑った。
「いやに素直じゃないか…どうした?」
指を伸ばし、垂れた髪をなでると、成瀬はくすぐったそうに顔をしかめた。
「たまには、素直にならないと…あんたに嫌われたらおれ……」
なぜそんな風に思ったのだろう。
成瀬にもわからなかった。
ただなんとなく、素直に感情を表す優を見ていると、自分があまりに捻じ曲がっているように思えてならなかった。
片岡ほど好きになれるヤツはもう現れないだろうと漠然と思う。
これからもたくさんの人に出逢うだろうけど、片岡以上のヤツは現れないと、それほど成瀬は片岡に運命めいたものを感じていた。
ふと飛び出した、自分の秘めた想いに、涙がこぼれそうになる。
片岡に出会って、人を愛することを知って、受身のセックスも覚えて、オンナみたいに感じる自分がイヤだと思う反面、片岡を感じることができてうれしいのは事実。
そして、いつか捨てられるんじゃないかって、オンナみたいにうじうじ悩む自分がいるのも事実だった。
それを片岡に気取られたくなくて、強がりのオンパレードで、しまったと後で後悔して、それでも何も責めることなく受け入れて愛してくれる片岡がますます好きになって……
「嫌うわけないだろ?おれはまんまのおまえが好きだってまだわかんないのか?一体何年付き合ってると思ってるんだ?」
優しく頬をなでられ、成瀬はやっと安心する。
最近は行為だけが先走り、交わすことも少なくなった甘い言葉だけれど、人間だけに許された言葉を話すという意志伝達手段は、やはり必要不可欠だと改めて感じた。
「おれは亮が好きだよ?素直でも素直じゃなくても、おれは亮が好きだ」
「おれもあんたが好きだ…ずっといちばんだった家族よりも…」
それはどうかなと片岡は心で微かに笑う。
そして、自分は成瀬の家族の次でいいと思う。
亡くなった父親の変わりに家族を助け、一所懸命生きている成瀬を好きになったのだから。
「あんたが好きだ…峻哉…」
名前を呼んだことの照れ隠しのように、片岡にキスの嵐を降らせた。
身体中にキスを降らせる成瀬の髪を、片岡は愛しげに撫でていた。
高ぶりかけていた中心に濡れた感触がまとわりつくと、片岡は目を閉じた。
体内から分泌されたモノと成瀬の口淫がもたらす粘着質で卑猥な音が耳を刺激し、顔を伏せてひたすら奉仕する成瀬の顔を思い浮かべると、気持ちは高ぶっていく一方だ。
射精感が漂い始めた頃、片岡は身を起こし、成瀬の顔を上げさせた。
「もういいから」
「なんで?もう少し―――」
「亮の中でイキたい。一緒にイクんだろ?…亮」
何か潤滑剤になるものをと見回すと、成瀬が買ったボディソープに目が留まった。
袋から出し枕元に置く。
「それ、何すんの?」
「おまえを傷つけないように…な?」
布団に座り込んでいる成瀬に、仰向けに寝そべった自分を跨いで座るように促した。
ちょうど、股間の上あたりに座り込んだ成瀬の腕をひっぱり、身体を重ねた。
片岡は成瀬の重みを受けながらも器用にボトルからボディソープを手に取ると、
成瀬のまだ慣らされていない後ろの部分に塗りつけながら指を進めた。
「……んんっ…」
目の前にある成瀬の表情が歪んだが、指は滑りの力を借りてすんなり入り込んだ。
片岡は経験がないからわからないが、何度経験しても違和感を感じるのだろう。
成瀬はくちびるを噛んでいた。
「痛い?」
「痛くはないけど…なじむまではすっげえ圧迫される…」
普通に会話ができるようなので指を増やしていくと、さっきよりきつくくちびるを噛みしめている。
「もうすぐよくなるから…」
片岡がくちびるを舐めると、成瀬はかすかに口を開いた。
隙間から舌を差し出し口腔へと誘ってくる。
くちびるを重ねず、舌だけを絡めあう、この上ない淫靡なくちづけに成瀬は夢中になり、後ろへの違和感も吹っ飛んだようだった。
くちゅくちゅ音を鳴らしながら成瀬の後ろを蕩けさせ、片岡は受け入れ態勢を整えていく。
くちづけに夢中な成瀬の声が聞きたくて、片岡は知りつくした成瀬の感じるポイントを刺激した。
「やぁっっ!」
軽く刺激しただけで、ふたりの身体の間にある成瀬のモノが反応を示す。
「そこ、さわんなって、うわっ…だめだっ…っくっ」
前にも刺激が欲しいのだろう、ぐいぐい腰を押しつけてくるから、片岡のモノと擦れ合って、ふたりの先走りの滴が腹を濡らした。
「もう挿れる?」
イキたくてもイケないもどかしさからか、涙を浮かべた成瀬に問いかけると、何を聞くんだと言わんばかりの抗議の視線が片岡の瞳を襲った。

 





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