紫陽花の咲く頃
      片岡&成瀬


        第六話




湯口が肩に当たるように身体を沈めると、心地よい水圧が身体を解してゆく。
やはり、長時間の運転は、思った以上に身体に応えたようだ。
片岡は目を閉じて、湯船に落ちゆくその水音を聞いていた。
湯面が揺れ、バシャバシャと音がした後、背後に人の気配を感じた。
「あれだけ運転すりゃ疲れるって。マッサージしてやる!」
成瀬が片岡の腕を取って、湯船の中で二の腕の筋肉を解していく。
「肩も疲れただろ?」
肩から背中を押したり叩いたり揉んだり、その指の動きがとても心地よかった。
リラックスしていると、突然、背後から抱きしめられた。
「―――どうした…?」
成瀬からアクションを起こすなんて珍しい。
片岡の耳元に顔を寄せ、背中にすがりつく。
温泉で温まった成瀬の身体のぬくもりを背中に感じ、肩から回された成瀬の腕を優しく撫でた。
「だってさ、昨日からずっとふれてないし……」
そうだった。
昨日は、お互いのスケジュールが合わず、成瀬はレポートを、片岡は授業の準備を各部屋で仕上げ、長時間運転する片岡を気遣ってか、成瀬は自室で就寝した。
片岡も、寝不足なんかで事故でも起こすといけないと、自室で眠りについたのだった。
そのまま、朝を迎え、準備をし、今に至るのである。
「ほんとだな。一日ずっと一緒にいるのにな」
昨日から今日にかけて、たった一回の軽いキスしかしていない。
馴れ合いの毎日では、キスもセックスも当たり前。
甘い雰囲気の欠片もない時のほうが多い。
ふれあわない時だってあったのに、今はお互いが恋しくて仕方がない。
成瀬の熱い息が片岡の頬を掠め、ますます愛しさがつのる。
「成瀬、顔見せて?」
腕をほどこうとする片岡に「イヤだ」と抵抗し、成瀬はさらに腕に力を加える。
ほんの少しだけ、顔を後ろに向け、優しく囁いた。
「亮、こっちにおいでって」
亮と呼ばれることに成瀬は弱い。
普段は成瀬と呼ぶが、こういう時だけ、亮と呼ぶ。
それは付き合い始めた頃から変わらないし、変えようとも思わない。
成瀬も片岡のことをほとんど名前で呼ばない。いつも、あんたとか片岡とか呼び捨てにする。
だからこそ、自分の名前が貴重なものに思えて仕方がない。
特別な時にしか呼ばれない自分の名前。
愛する人の口から発せられるその言葉は、お互いの心の奥深くに幸福感をもたらす。
半ば強引に、成瀬の身体をぐいっと引っ張り込んで、膝の上にすわらせ、向かい合う。
ガラにもない行動をとったことに対して恥ずかしいのだろう、俯いたままの成瀬の顎を持ち上げると、顔は上げたものの、視線は湯面を漂っている。
顎を支えたまま、親指でくちびるをなぞると、初々しくびくんを身体を震わせた。
「おれを見ろって」
腰をぐいっと引き寄せると、下半身が密着し、片岡自身と成瀬自身がふれあう。
その瞬間、視線を上げた成瀬のくちびるにくちびるを重ねた。
湯中にだらんと垂れ下がっていた成瀬の腕が、片岡の首にまわされる。
吸い合い、絡めあう濃厚なくちづけには、その先を望むお互いの欲情で溢れていた。
息を継ぐたびに角度を変え、口腔を貪りあった。
片岡がくちびるを離し、肌についた水滴を拭い払うかのように首筋に舌を這わすと、成瀬が首をのけぞらせた。
それでもいつものように声は出さない。
上目遣いに見ると、くちびるを噛んで抑えている。
片岡は、成瀬の感じる部分である耳朶にくちびると舌を遣わした。
「…っん…」

同性同士のセックスに慣れたとはいえ、受身の立場である成瀬には捨てきれないプライドがあるらしく、ぎりぎりまで声をだすのも我慢するし、オトコであるという事実を無意識に主張する。
そんな成瀬を乱れさせたくて、片岡は躍起になってしまう。
それでも、無理強いはしない。
お互い気持ちよくないとセックスの意味はないというのが片岡の持論であるから。
そんな成瀬は、胸への愛撫を極端に嫌がる。
そんなトコロで感じてしまう自分がとんでもなく恥ずかしいらしい。
片岡だって、成瀬とセックスするまで、オトコの乳首が性感帯であることも知らなかった。
オンナだけのものだと思っていた。
嫌がるのを承知で、その小さな尖りに舌を這わす。
「や…やめろって…んはぁ……」
拒否しながらも、身体を離そうとしない成瀬が感じているのは一目瞭然だ。
片方を舌で舐め上げ、片方を指で攻めると、だんだん固さを増してきた。
「やめろったって、おまえ感じてるじゃん」
執拗に続けられる愛撫に、ふれる下半身も固さを増してきている。
成瀬の下半身に手を伸ばすと、先端がぬるぬるしていた。
気持ちよくさせてやりたいが、ここは公共の温泉である。
それがとても気になった。
人は入って来そうにないが、湯を汚してしまうのはいただけない。
ふと周りを見回すと、草木に隠れた奥のほうに、大きな平らな岩を発見した。
片岡は成瀬から身体を離すと、突然中断された愛撫に呆然とする成瀬を抱き上げ、その岩場に引き込み、横たわらせた。
「突然なんだ――んんっ…」
抗議の言葉も途中でくちびるを重ねる。
「大丈夫。キモチよくしてやるから」
耳元で囁いて、片岡は成瀬自身を口に含んだ。
先ほどの愛撫でかなり育っていた成瀬の中心は、かなりの熱を持っていて、片岡の口腔の温度を上げる。
這わせる舌は、焼けるように熱くなる。
「……っくぅ……」
成瀬の漏れる声と、頭を引き剥がそうとする手の動きに、限界が近いのがわかった片岡は、最後の一撃とばかりに先端を舌先でつついた。
「離れろって……あぁっ…」
成瀬は身体を震わせて、片岡の口内に精を吐き出した。
ごくりと飲み干した片岡は、荒く肩で息をする成瀬の上半身を起こし、優しく抱きしめた。
額に張り付いた長めの前髪をかき上げ、柔らかいキスを何度も落とす。
「外でヤっちゃった感想は?」
意地悪く質問すると、成瀬は一瞬鋭い目で睨んだか、すぐに瞳を伏せた。
「あんたは?」
「なに?」
「だからっ、あんたはいいのかよ…」
自分だけ、快感を得たことに、納得していないようだ。
「最後までシタい?」
伏せた瞳を覗きこむと、成瀬はぷいっと横を向いた。
「おれだって、亮と一緒に感じたいけど、さすがにここじゃあね。夜はこれからだし、お楽しみはとっておこうかと思って」
もう一度キスしようとしたとき、がやがやと声が聞こえた。
客が入ってきたようだ。
「危機一髪だな。でもこんなシチュエーションも燃えられるかも」
本気とも冗談ともつかないことを口走った片岡の頭に、成瀬はバシンと一撃を食らわせた。

 





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