紫陽花の咲く頃
      片岡&成瀬


        第四話




成瀬と付き合い始めて二年が経ったが、甘い雰囲気になることはほとんどない。
お互い愛し合っているのはわかっているのだが、その点だけがどうもいただけない。

成瀬は、自分の感情を表現するのがとても下手で、片岡に憎まれ口ばかりを叩く。
片岡はそんな成瀬がかわいくて、ついついからかい口調になってしまう。
それでも付き合い始めた頃は、好きだの愛してるだの、甘い言葉も囁きあったものだ。

それも、最近は少なくなったように片岡は思っていた。
恋人同士というよりも、仲のいい兄弟のような関係…
といえば聞こえがいいが、要するに馴れ合ってしまったのだ。

何でも言い合える、そんな関係がとても心地いいのは確かであるが、物足りない…ときもあった。
キスもセックスも当たり前になってしまった。
『愛を確かめ合う行為』だなんてもう言えない。

そんな自分たちの関係に変化を持たせるべく、片岡はこの旅行にある程度の予測をつけていた。



ふたりが恋人同士ならば…
少しは刺激を受けるかもしれないことに期待をして…



「成瀬、優ちょっと疲れがでたみたいなんだ。
おれたちここで休憩してるから、おまえ、片岡さんと温泉めぐりしてこいよ」

片岡が見上げると、優の肩を大事そうに抱き寄せた三上が、成瀬と話をしていた。
「優くん、大丈夫?」
「は、はい…少し横になったらよくなると思います…ごめんなさい」
申しわけなさげにこくんと頭を下げる優に、成瀬は心配そうな顔を向けていた。
ふと、三上と目が合った。ばつが悪そうに目をそらす。



そういうことね……



片岡はふっと笑みを漏らした。視線を感じ、見やると再び三上と視線が合った。
「成瀬、優くんは三上くんにまかせて、おれたちは温泉へ行こう」
立ち上がり、何も気づいていない鈍感な成瀬の腕を引っ張り、荷物の置いてある板間に移動した。
「んだよっ、優くん心配じゃ―――」
片岡は、人差し指を口に当てて、無言で黙るように成瀬を促し、小声で囁いた。
「おれたちまで世話を焼くと、優くんだって気を使うだろうが!
逆の立場だったらどうだ?おまえ、みんなに温泉に行かずに、そばにいて欲しいか?」

「……そうだな。三上がいるからいいか!」
成瀬は、頭はいいし、気も利くのだけれど、どこか抜けているところがある。
この分じゃ、あのふたりの関係にも全く気づいていないらしい。
おまけに、あんな見え透いた演技にも騙されてしまっている。

「ほんとに単純だな、おまえは…」
「なにそれ、バカにしてんの?」
食ってかかった成瀬に、片岡は小さくキスをした。
「ほめてんの!それがおまえのいいところ!」
すぐそばに他人がいるのにキスをされ、
羞恥に顔を赤らめた成瀬に、片岡はくすっと笑った。

 





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