恋するキモチ


<8>


授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響き、教室内がガタガタと騒がしくなった時、片岡がおれを呼んだ。
「成瀬、今日の放課後、数学準備室な」
にこりともせず、用件だけを告げ、さっさと教室から出て行った。
「お〜とうとう今日か」
にやにやしながら二ノ宮が近づいていた。
「うるせえよっ」
ひとりになりたくて、弁当を持って教室を出るおれの後を、コンビニの袋を提げた二ノ宮がついてくる。
「んだよっ」
「いや、迷ってるらしい成瀬くんにアドバイスをあげようかと思ってね〜」
口笛を吹きだしそうなそののほほんとした口調に、おれは半ばあきれて、それ以上かまう気になれなかった。
屋上に出ると、そこまで来ている夏の熱気に襲われる。まだ六月に入ったばかりだというのに、日差しがきつい。日陰を見つけて、腰を下ろすと、ついてきた二ノ宮もとなりに腰を落ち着けた。
弁当を広げると、二ノ宮も、コンビニパンの封を破り、食べ始めた。
「成瀬・・・どうすんだ?」
もう、ちゃかすような口調ではない。
こいつは、いつもはおれをからかって楽しんだり、軽そうに見えるんだけど、ほんとは親身になって何でも考えてくれるすげーいいヤツ。
家は金持ちなんだけど、それをひけらかさないし、貧乏高校生のおれと同じ立場でいてくれる。
絶対にオゴってやるなんて言わないし、おれに気を使うことなんて一切しない。逆にオゴレとたかってきたりする。そんなところが気に入って、もう2年も親友やってるんだ。

どうするっつったって・・・おれだってわかんないんだよ・・・・・・
おれは黙ったまま、黙々と弁当に食らいついていた。
「あいつ、本気だぜ・・・?」
そんなことくらい、わかってる・・・
「峻はさ〜」
おれはそれに反応した。
「―――峻・・・?」
「あっ、おれがそう呼ぶの、気にさわる?」
しらじらしい言い方だ!おれは無視してやった。
「小さい頃からそう呼んでんだ。あいつは呼び捨てにするなとかウルサイけど、うちの家族もみんなそう呼ぶからさ」
こいつと片岡とは従兄弟どうした。片岡の母親とこいつの母親が姉妹らしい。
「ふ、ふ〜ん」
興味なさげに相槌だけ打った。
「あいつ、見た目があんなんじゃん?だからすげーモテるんだ。中学くらいから、オンナ切らしたことないんじゃねえか?」
二ノ宮の口から語られるあいつの交友(特にオンナ)関係。そりゃあのかっこよさだ。モテるはずだ。
「―――おまえ、おれにそんなこと聞かせるためについて来たのかよ」
「まあ、聞けって。最後まで話を聞こうね、成瀬くん」
ふふんと鼻で笑い、話を続けた。
「けど、ここに赴任してから、あいつ、オンナ作らねえんだよ。その意味、わかるだろ?」
「―――おれ?」
「そう、おまえ。あんなにオンナととっかえひっかえだったあいつが、この二年ばかりオンナっ気ゼロ。別名無節操の性欲マシーンのあいつがさ」
「む、無節操の性欲マシーン?」
「しかもポイ捨てポイ捨て。あの冷たい表情でハイサヨナラだぜ?おれ、いつかあいつ、刺されるって思ってたし」
「片岡ってそういうやつなんだ・・・」
少しばかりショックだった。おれは、優しいあいつしか見たことがないから。
「学生時代の話だよ。だけど、全部言い寄られたから付き合ってやったって感じで、あいつが好きになったってわけじゃないから。あいつ、見た目はあっさり系なのに、フェロモンは出してんじゃん?だから、抱かれたいオンナがわんさか寄ってきたし、それならヤッてやるよって感じ?あいつ、けっこうスゴイからさ。そっちは」
「お、おまえが何で知ってるんだよ、んなこと」
「おれ、一回あいつといたしたことあるからさ」
おれは、箸を落としてしまった。は〜〜〜?いたしたって・・・
「まあ、冗談はさておき・・・」
ほんとに冗談なのか?こいつの性格は二年つきあってもわからないことだらけだ。
「要するに、おまえのこと、本気で愛しちゃってるよ?あいつは」
おれには気になっていることがあった。
「おまえ・・・片岡の気持ち、いつからわかってたんだ?」
「一年くらい前かな?担任じゃなくなったのに、あいつ、おまえのこと気にしてたし、おれが聞いたらすんなり告白しやがった。おれたちの家族って、そういうのにオープンなんだ。いくら何でも親には言えないから、おれと峻の秘密だったんだけどな」
「で、おまえ、どうしたんだよ」
「どうしたもこうしたも、当人同士の問題だろ?だけど、峻に告白を促したりはしたかな?」
「片岡がそんなこと言ってたよ」
「で、おまえの気持ちは?」
黙り込んでしまった。
「まっ、おまえは素直じゃないからな!でも、そんなとこも気にいってんだ。心と裏腹な態度を取るところなんてかわいいし」
「か、かわいいっておまえ・・・・・・」
「とにかく、峻は本気だ。だから成瀬も本気で答えてやってほしい。おれは、この一ヶ月でおまえと峻の間に何があったのか詳しくはわからないけど、ひとつだけわかったことがある」
「―――何だよ」
「おまえの峻を見てる目」
「おれの・・・目?」
「それは、恋をしてる目だぜ?成瀬くん?」
二ノ宮は立ち上がると、ごみを持ってパンパンとズボンのほこりを落とした。
「おまえには、あいつが必要だぜ?じゃ、いい報告を待ってるよ」
そう言って、扉のほうに消えていった。







back next novels top top