恋するキモチ


<9>


放課後の数学準備室。
イスに腰かけておれを見上げる片岡と、突っ立ったまま座っている片岡から視線を外し、グラウンドを眺めるおれ。
まるで、一ヶ月前と同じシチュエーション。

あの時は、突然の告白と抱擁に面食らったっけ。
そして、おれは思ったんだ。
お試し期間として付き合って、こいつにあきれされてやろうって。嫌われてやろうって。
なのに、しょっぱなからこいつのペースにハマって、そんな作戦を実行に移すどころか・・・・・・

ホモの世界に足を踏み入れそうなおれ。つうか、こいつはそれでいいのか?
オンナ好きだって言ってたじゃんか!
「で、成瀬。お試し期間を終えて、結論は出たか?」
相変わらずの冷ややかな目。メガネの奥から、おれの気持ちを探るような目。
おれは黙り込んだ。
部活動の声が、遠くに微かに聞こえ、ここが校内であることを思い出させる。
学校で、教師に愛を迫られているおれ。しかもオトコ。
「せんせはさ、何でおれなわけ?」
そう、ここが肝心なのだ。なぜ、オンナでもなく、ほかのオトコでもなく、おれなのか?
「人を好きになるのに理由がいるのか?」
「けど―――」
「おれは成瀬が好きだ。その事実だけじゃいけないのか?」
だめだ・・・こいつには勝てない・・・・・・
「一ヶ月間、おまえはおれを試すと言った。そして、今日で一ヶ月、試されたおれは、結果を聞く権利がある。そうじゃないか?」
だからなんなんだよ!その余裕しゃくしゃくの態度は!
おれはまた黙り込んだ。
下から覗きこむ片岡の瞳が・・・刺すように痛い。視線を合わすのが恐くて、片岡とは逆の方向に視線を落とした。
ふうーっと大きなため息が聞こえた。
「わかった。成瀬。もう帰っていいぞ?」
「で―――」
「いいから。言いにくい返事であることはわかったから。お試し期間とはいえ、おれはマジだったんだ。成瀬、付き合ってくれてサンキューな。一ヶ月、楽しい夢を見させてもらったよ」
おれ、どうするんだ?言うことなにもないのかよ!
あいつキスされても嫌じゃなかったんだろ?
あいつに放って置かれて淋しかったんだろ?
あいつの優しさにふれて、胸がキュンとしただろ?
あいつのそばは居心地がいいって感じたんだろ?
そして・・・あいつにふれたい、あいつの手を離したくないって思ったんじゃねえのかよ!
「ほら、バイトに遅れるぞ?もう送ってやれないからな」
何を言われても、足が床にべったり引っ付いて動かない。
がたっと音がして、片岡がイスから立ち上がった。
「じゃ、おれが行くわ。んじゃあな」
おれの横をすうっと通り過ぎていく。煙草とコロンの混ざった片岡のにおいがふわっとおれをくすぐった。
「待てよっ」
おれの低い搾り出した声に、片岡は立ち止まった。
「あんた、おれのこと好きだって言ったよな?なら何でこんな簡単に引き下がるんだよ!」
おれは、答えを出さない自分が悪いのに、片岡の背中に怒鳴りつけていた。
「あんたの好きはその程度だったのかよ!あのキスも、抱きしめたのも、おれへの同情か?マジだったって言うのはウソなのかよ!」
おれ、サイテーだ・・・逆ギレじゃん・・・・・・
だけど、こんな素直じゃない、小憎らしいおれを、片岡はギュッと抱きしめた。
「ウソじゃねえよ・・・冗談で2年も好きでいられるかよ・・・しかもオトコのおまえを・・・・・・」
初めて聞いた、片岡の弱々しい声。いつだってオトナで、余裕かましてたのに・・・・・・
「お、おれでいいのかよ。生意気でどうしようもない、扱いにくいオトコだぜ?」
片岡はおれを抱きしめている腕に、一層力を込めた。苦しいほどに・・・
「おまえがいいんだよ!おまえでないと嫌なんだよっ!」
おれも、おまえがいいかも知れない・・・けど、そんなこと言えない!恥ずかしくて・・・言えない!
「じゃ、付き合ってやるよ!」
「マジでか?」
片岡は抱きしめていた腕を緩め、おれの顔を覗き込んだ。
げっ、そんな近くで見るなよっ!
照れくさくてそっぽを向いた。
「成瀬、おれの顔見て言えよ・・・」
は〜〜〜?言えるわけないだろうがっ!おれのこと好きならそれくらい悟れよっ!
「ま、いっか!いつかはちゃんと言ってくれよな!」
片岡の手がおれの頬にふれ、そっぽを向いていた顔を正面に向けられた。
いつの間に、メガネ取りやがったんだ・・・?
なんて考えていると、端正な顔が近づいてきて・・・おれは恥ずかしながらも受ける体勢に入っていた。目を閉じて・・・
柔らかい感触がくちびるを覆う。片岡とのキスは何回目なんだろう。
な、なに〜〜〜?
生暖かい、ぬめっとしたものが、くちびるを割って入ってきて、おれの少し開いていた歯の隙間から、さらに奥へと侵入しようとしてくる。
こ、これって〜〜〜
おれの舌に片岡のがふれたとき、背中に電流が走ったようにびりりときて、おれは咄嗟にくちびるを離した。
「なっ、なっ、なに舌入れてるんだよ!!」
「なにって、恋人同士のキスだろ?」
表情のひとつも変えずしれっとのたまう。
「だ、だからって急にそんな―――」
「ああ、おまえ初めてだったか、ディープキスは・・・」
ニヤリと笑われた。
さっきの弱々しげな声はなんだったんだ?もう余裕あるオトナに逆戻りかよ!
「まっ、晴れて恋人同士になったことだし、いろいろ教えてやるよ!」
いろいろだと・・・?
「ディープキスが初めてっつうことは、おまえバージンか?」
「ババババージン?」
「だろうな・・・おれが優しくしてやるから、安心しろ」
こいつ、下ネタ大王だったのか・・・つうか、こいつって二重人格か・・・ん?
「やべ〜バイトに遅れるっつうの!せんせのせいだから、送ってくれよな!」
「ちゃんとキスさせてくれたらな!」
「んなこと言ってる場合じゃねえの!今度いくらでもさせてやるから―――」
しまった!また余計なことを・・・
「オトコに二言はないよな!じゃあ、送ってやるよ!裏門出たとこで待っとけ!」
おれ、片岡のペースに巻き込まれっぱなしだけど・・・楽しんでないか・・・?
準備室を慌てて出て行く片岡の背中を見送りながら、おれは思った。
愛されるってのもいいかのしんない・・・かな?





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