恋するキモチ


<6>


いつもどおりの毎日が過ぎていく。
二ノ宮に片岡のことを問い詰めると、否定もせずいともあっさり認めやがった。
おまけに、おれに無断でおれのケータイ番号を教えたらしい。つうか、番号売りつけたらしい。
あれから、片岡は、普段どおりの数学教師に戻り、おれに何も仕掛けてこない。
もう、お試し期間一ヶ月の半分が過ぎたというのに・・・・・・
何も仕掛けてこない片岡に、イライラするおれ。
おれのこと好きだっていったくせに、あいつからアプローチかけてきたくせに、何考えてんだよ!
結局、最初の二週間で、ふたりであったのは、2回だけ。時間にすると、30分ちょい。
まあ、その30分の間に、いろいろあったけどな・・・
思い出して、赤くなるおれ。だれか、読心術できるやつがいたら、おれは笑いものだ。
バイト先にも現れない。
パートの向井さんにそれとなく聞くと、やつが現れるのは、だいたい9時ごろらしい。

おれのバイトは8時まで。
ちぇっ、早く買いに来たっていいじゃねえか!おれがいるのによ!
何だか、むなしくなってきた。気持ち、弄ばれてるような気がしてきた。
二ノ宮がそれに拍車をかける。
ケータイかかってきたか、デートの誘いはあったか、毎日毎日うるさい。
何なら、あいつのケータイ教えてやろうか、自分から誘ってみろよなんてほざきやがる。
だけど、気になるだけで、好きかどうかなんてわからない。
ただ、あいつがおれを好きだっていうから、何となく気になってるだけなのかも知れないし。
あいつに放って置かれてることと、自分のわからない気持ちにいらだって、どうしようもなかった。
それが、態度にあらわれるんだろうか?
弟たちは、最近やけにおれに怯えている。あの純平でさえ、おれに口答えをしない。
だめだとわかっているのに、ふとしたことが気にさわり、キツイ口調になってしまっている。
自覚しているのだから始末が悪い。

やっぱ、おれ、自分の感情もコントロールできない、まだコドモなんだよな・・・・・・
そんな時、おれは・・・陸に手をあげてしまった。
オフクロが、出張で一週間留守にしている時だった。

日曜の父兄参観に、お父さんを連れてこいと言うのだ。
陸だって、オヤジが死んだことは理解している。
今まで何度となくあった父兄参観も、おれが行くと大喜びしていた。なのに、今頃なんなんだ?

どうやって、オヤジを連れて来いというんだ?あの世から引っ張って来いとでもいうのか?
どういって聞かせても、聞く耳を持たない。
あげくの果てには、その辺のおっちゃんでもいいから、お父さんのふりをさせろと言い出した。

これにはおれもカチンと来てしまった。
その辺のおっさんと、おれたちの父親は違うだろ?おれたちの父親はたったひとりだけだろ?

日頃のイライラも重なって、おれは・・・あんな小さな陸に・・・手をあげてしまった。
康介も純平も驚いたようで、一瞬固まっていたが、純平に、「自分のイライラをおれらにぶつけんじゃねーよ」と言われ、おれは少し冷静になれた。
右手が・・・すげー痛かった。

次の日、おれはバイトに向かうため、二ノ宮は帰るため、一緒に駅に向かっていると、おれのケータイが鳴った。
―――陸の学校・・・?
弟たちの緊急連絡先は、おれのケータイになっているのだ。
昨日あんなことがあったばかりだ。
不安にかられながら電話にでると、陸がクラスメートとケンカをしたから、学校へ来てほしいということだった。

おれは、バイト先に、遅れる旨を連絡し、二ノ宮と別れ、陸の小学校へ向かった。
陸の担任の先生は、おれの担任だった先生でもある。
もっと言えば、純平の担任だったこともあり、我が家の事情をよくわかってくれている。

先生によると、陸は2・3日前から、そのケンカ相手のクラスメートに、父親のことでいろいろ言われていたらしい。
どうして、おまえのとこはいつもお父さんが来ないんだ?
おまえ、嫌われてんのか?
そして今日―――
もしかしてお兄ちゃんて言ってる人が、お父さんで、出来ちゃった結婚なのか?
あんな若いお父さんおかしいぞ?
陸はそれでキレてしまったらしい。
相手の子も、意味がわかって言ってるのかわからないし、陸も意味がわかってキレたのかわからないけれど、だからこそ、コドモのケンカは恐ろしいと思う。
先生は、ケンカ両成敗だから、どちらのことも怒り、言って聞かせたからと、淋しそうに笑った。
おれは、陸を連れて帰った。陸もおれも、言葉をかわすことはなかった。
家に帰ると康介がいたので、ざっと出来事を説明し、おれはバイト先に向かった。
休もうかとも思ったけど、家にいるのも気詰まりだったし、今日は金曜で忙しい日だったから。

忙しさに追われて、何とか余計なことを考えずにバイトを終えた。
いつもどおり、晩メシを調達して、家路に着くが、帰りづらかった。
どんな顔で、陸に会えばいいかわからない。
今のおれは陸にかけてやる言葉さえも見つけられない。

フラフラと、近所の公園のベンチに腰を下ろした。
もうすぐ六月だと言うのに、夜風が身にしみる。
朝から夕方まで賑わうこの公園も、眠りに着こうとしているのかひっそりと静まり返って、小さな街灯だけがぼんやりと公園内を照らしている。

よくオヤジに遊んでもらったな・・・
おれたちと遊ぶのが大好きで、休みの日にはここでサッカーをしたり、キャッチボールをしてくれた。
オフクロがああいう仕事をしているため、オヤジと過ごす時間のほうが長かった。
優しくてこどもの気持ちがわかるオヤジだった。
怒ると恐かったけど、決して理不尽な怒りは向けなかった。
なぜ怒ったのか、こどものおれたちにもわかるように一生懸命説明してくれた。
おれの自慢の父親だった。
長男のおれは、いちばん長い時間をオヤジと過ごした

。たくさんのことを教えてもらったから、それを弟たちに伝えたかった。
特に、陸なんてオヤジの顔さえ覚えていないし、おそらく記憶さえないだろうから、おれは特に陸をかわいがった。
おれだけでなく、康介も純平も、陸のことがかわいくてしょうがないらしい。
忙しい母親のかわりに、ほとんどおれたち三人が陸を育てたようなものだ。
おしめの替え、保育園への送り向かい、何でもやった。
あの家事を手伝わない純平でさえ、陸の世話だけは焼く。
純平、昨日も、泣いてる陸の代わりに、おれに痛い一言を浴びせやがったもんな・・・






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